犬感帯 1 - 4


(1)
 神というのは本当に存在するのだろうか?もし存在するなら一生の内、一度はおめにかか
りたいものだ。でも天使なら見たことがある。たった一人だけなら。
「ここの白地を埋めれば俺の勝ちだ」
現在7時半、夜にふけた一軒屋にヒカルと和谷がいた。
「えーちょっとまってよ和谷ー。そこだけは勘弁して。ねっ」
威勢のいい天使の声が、部屋の中に鳴り響く。
「やーだね。負けを認めろ進藤。おまえの負けだ!」
和谷はヒカルのおでこを人差し指でツンツンと叩きながら言った。
「もう、和谷の意地悪」
「何言ってんだよ。さっきまでおまえ俺に5連勝してたんだろ。1回くらい負けたからって
何すねてんだ」
「あっ、言ったな和谷。俺は大の負けず嫌いなの。手合の成積が2勝18敗の和谷に負ける
なんて、世界中をかけぬけて宇宙のブラックホールに吸いこまれるげらい恥だよ」
そのヒカルの軽すぎる口が、その場の雰囲気を悪くする。それはいつものことだ。和谷自身も
わかっていること。今までずっとそれに絶えてきた。ヒカルのかわいさが和谷をそうさせてきた。
でも今回ばかりは、体内の赤い糸が切れてしまった。和谷はヒカルの天使の羽とも言える、前髪
をつかみ上げ、顔面におもいっきりひざ蹴りを入れた。
ボォゴッ!鈍い音が静けさの中に雑音となって鳴り響く。
「はあっん」
ヒカルはまるで犬にいじめられてる子猫のように、病んだ声を上げた。その瞬間ヒカルの目元には
天使の涙が浮かんでいた。
「おまえなんか帰れ!もう二度と家に泊めてやんえーからな!」
和谷が怒声が部屋の中に鳴りわたる。もともと今日は、ヒカルが和谷の家に一晩泊まる予定だったのだ。


(2)
ヒカルは重い腰を上げ、言葉一つ発しず、荷物をまとめ始めた。
「俺・・帰る」
ヒカルはそう言って、和谷の家を後にした。
「ちょっと、やりすぎちゃったかな。明日どんな顔して会えばいいんだろう。ごめん・・進藤」
和谷はズボンのすそをまくり上げ、赤く腫れたひざを見つめながら、そう言った。
 目の前には雨が降っている。傘をさしてるのは、信号待ちをしている60歳ぐらいのおばちゃん
ぐらいだ。ヒカルはネオンがまぶしすぎるくらいに光を出している、夜街を歩いている。
「どうして・・・なんで、あんなにおこらせちゃったのかな。んもうっ。俺のバカバカバカ」
目元の天使の涙を浮かべながら、自分を叱るように、頭をコツンコツンと叩いた。
「明日、棋院で会ったら、ちゃんとあやまろ。うんっ、あやまるんだもん」
   ───────神はそう簡単には罪を許してくれない。─────── ヒカルの顔は
一歩一歩、歩くごとに明るくなったいった。それと同時に街の明かりはしだいに暗くなっていく。


(3)
 いつのまにか、ヒカルの目元に映るものが、涙から雨に変わっていた。ヒカルは足をはずませ
ながら、家に向かった。途中、スーパーの明かりを見てヒカルは立ち止まった。
「今朝、お母さんには和谷ん家に泊まるから晩ご飯いらないって言っちゃったんだ。うんっ、
お弁当でも買って帰ろう」
ヒカルは自分がエジソンにでもなったかのような感覚で、かわいく言った。店内に入り、ヒカルは
お肉たっぷりの体に悪い弁当と、CCレモンを買った。外へ出ると雨は更に強くなっていた。
「うわー。すごい雨。急いで帰んないとビショビショに濡れちゃうよ」
そういうとヒカルは、かけ足で家に向かおうとした時、スーパーの片隅に震えている、黒い泥まみれ
の犬を見つけた。
「どうした。大丈夫か?」
ヒカルがやさしく天使の声で呼びかけると、その美声につられるように、犬が近寄ってきた。
「大丈夫。寒いの?可愛そうに。俺があっためてあげるよ」
ヒカルはなぐさめるように、泥まみれの犬をやさしく包み込んだ。すると犬はヒカルの耳元をペロペロ
と舐め始めた。「やぁんっ、もうっ、くすぐったいぞ」
ヒカルの一番の性感帯は耳である。
「この犬、なんで俺の一番感じる場所、知ってるんだろ」
頭の悪すぎるヒカルは思った。その時、犬の顔が一瞬にやりと悪魔のように笑ったように見えた。


(4)
すると突然犬が遠吠えを上げ始めた。
「うわっ、どうしたの」 
ヒカルは驚いた。さっきまで、寒くて苦しそうだった犬が急に変貌した様子を見て、ヒカルは
怖くなり、かけ足で家に向かった。
「はあ、はっ、はっあ、はあ、はあ」
200歩ほど走った頃、後方から犬の鳴き声が聞こえた。
「ヴァウ、ヴァウ、グヴァウッ」
驚いたヒカルは後ろを振り返ると、さっきスーパーに居た泥まみれの犬、それに誰かに
捨てられたのか、鋭い眼光をした体重は100キロはあるかという大きな土佐犬が追っかけて
きていた。ヒカルはビックリして、目に先にある、葉瀬中に逃げ込んだが、時間が8時過ぎ
ということもあって、もちろん門は閉まっている。急いでグランドまで走りこんだ
ヒカルは、偶然サッカー部の部室のドアが開いてるのを見つけた。犬の声と足音が
よりいっそう大きくなっていく中、ヒカルは、弁当とジュースの入った袋を落としながらも
部室に入り、ドアを閉めようとした。
「んっんんっ、あれっ閉まんないよ。お願いだから閉まって」
実はこのドアよく見ると、どこかの悪ガキにやられたのか、ボコボコに変形している。
このドアは元々、開いていたのではなく閉められなかったのだ。だが気が動転してる
ヒカルはドアの形状に気ずかず、必死にドアを閉めようとした。するといつのまにか、
雨の音にまじった犬の声が、ヒカルの耳元まで聞こえてきた。



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