夜の愉しみ 1 - 4

(1)
ホテルの自販機でこそこと人目を盗んであるものを買ってきたオレは、部屋に戻ってほっと一息ついて、
それから買ってきたそれを塔矢の目の前に突きつけた。
「じゃーん！」
「なに？」
「へっへー。コレはな〜」
と言いながらテレビの上に手を伸ばし、
「コ、レ、」
『チャンネルのご案内』から小さいリーフレット見たいのを取って、塔矢の目の前でひらひらさせた。
「コレ見るための〜プリペイドカード！
ここってさあ、チェックアウトの時に精算とかじゃなくって、このカードでいくらでも見れるんだってさ。
一緒に見ようぜ？」
「……全く。しょうがない事をするな、キミも。」
塔矢はすっごい呆れたみたいに言うけど、気にしない。
「今回ここに泊まるって言ったら、和谷も前に泊まった事あったって言って。
それでこの事教えてもらってさ、」
ベッドに軽く腰掛けてた塔矢の隣にどすん、と座って、逃げられないように肩に手を回して、目の前で
AV女優の写真がいっぱい載ってる番組表を広げて見せた。
「なーなー、塔矢はどの子が好み？」
そしたら塔矢がくいっと顔を上げてオレの方を見て、思いがけずにすぐ近くに塔矢の顔を見てしまって、
何だかちょっとドキッとした。

(2)
でも、塔矢はその下着姿の女の子たちの写真を見ても、全然つまんなさそうだ。
「なんか…どれもイマイチだな。」
………なんか、期待してたリアクションと違う。
もっとこう、慌てるとか、怒るとかするかと思ったのに。
「だって服着てるんならともかく、こんな格好で明るく笑われちゃ萎えないか？」
ぶっ。思わず飲んでたコーラを噴出しそうになる。
と、塔矢の口から「萎える」なんて言葉が……
それだけで、オレはうろたえてたのに、
「これくらいだったら今朝の進藤のほうがよっぽど可愛いよ。」
今度こそ、思いっきりむせてしまって、ゲホゲホと咳き込んだ。
なんて答えていいかわかんなくて目を白黒させながら塔矢を見たら、塔矢は（あんな事を言っておいて！)
オレを見て呆れたように言った。
「大丈夫か？進藤。まさか、本気にとったわけじゃないよな。」
「オマエ、冗談キッツイんだよ！！」
ゼェハァ言いながらオレが食って掛かっても塔矢は平気な顔をして、クスクス笑いながらとんでもない事を
言いやがった。
「でも、本当に可愛かったけどね。
あんな風に涙声で呼ばれたりすると、それだけでイっちゃいそうなくらい？」
畜生。コイツ、絶対オレのことからかってやがる！
悔しい。今朝からずっと、いいようにからかわれて。
何なんだよ、この余裕ぶりは！
オレなんか、昨日、あの番組表見た時にはすっごいドキドキしたのに。
さっきカード買ってくる時にも、何度も何度も誰かいないかどうか周り確認してさ。
それなのに、塔矢ときたら、つまらなさそーにぱらっと見た挙句、萎えそうだの誰が可愛いだの！

(3)
「オマエってもしかしてこーゆーの、見慣れてんの？」
「ああ、うん。」
なんでもない事みたいに答えられるとこっちがびびる。
「なんか、イメージと違うんだけど？」
ってゆーか、朝から「塔矢アキラ」のイメージ崩れまくりなんだけど。
清廉潔白な囲碁界の貴公子サマはいったいどこに行ったんだ？
朝から一発だとか言ったり、オレにセクハラまがいの事したり、エロビデオは見慣れてるなんて言ったり。
「幸か不幸か面倒見のよすぎる兄弟子に恵まれてね。」
そんなオレの内心の非難を聞きつけたみたいに、塔矢は言い訳した。
「中学にあがった頃かなあ。無理矢理色々見せられてね。」

「ボクはそんなの興味ないですから、とか言っても面白がられるばっかりで。
でも緒方さんなんか最初っからからかうだけのつもりだからまだいいよ。
芦原さんなんて、逆に悪意が無いだけに始末におえない。」

「そうかーアキラももう中学生だもんなー、よーしオレが秘蔵の裏ビデオ貸してやるよ！とか得意げに言われて。」
全く芦原さんも困った人だよな、とか言ってた塔矢は突然オレの方を見て、こんな事を言いやがった。
「ああ、そう言えばまだ返してないのがあったかもしれないから今度見に来るかい？」
普通のカオしてそんな事を言う塔矢にオレは絶句した。
まさか塔矢にエロビデオいいのがあるから見に来ないか、なんてお誘いを受けるとは思わなかった……
塔矢って普段碁打ってる以外に何してんだか全然わかんねー、って思ってたけど、センパイ達から借りた
エロビデオ見てたりしてたのかよ。あの純和風の塔矢邸で。
テレビに向かってきっちり正座して、エロビデオを見る塔矢アキラ。
一緒に見てた緒方先生と「検討」とかしてたりして。

(4)
………ダメだ。
オレの頭も毒が回ってきたかもしれない。
何アホな事考えてるんだ。
そう、芦原さんの秘蔵のビデオは後で貸してもらうとして、今は、ホテルの有料チャンネルだ。
せっかくこそこそと人目を盗んで、飲み物とか買うふりをしてプリペイドカード買ってきたんだから。
実は昨夜、塔矢がシャワーを浴びてる時に、この「チャンネルのご案内」とかを見てたんだ。
下着姿の女の子の写真が並んでてさ。どーせ塔矢ほどには免疫のないオレにはそれでもちょっとキちゃった
んだけど。塔矢が出てきたんで慌てて元に戻した。絶対怒られると思ってさ。
それなのに。見慣れてる？いいのがあるから今度貸してあげようか？

ショックだ。
何が何でショックなのかわかんねーけど、とにかく、ショックだ。
今朝、塔矢にイタズラされたのとおんなじくらいなショックを感じる。
あんまりショックでもう、塔矢を見てる気力もなくて、テレビの電源を入れてからカードをスロットみたいのに入れた。