Birtday Night 1 - 5
(1)
窓の外では雪が降っていた。
ボクは一人、自分の部屋で、棋譜並べをしている。
両親は海外へ出かけていて不在。
「一緒に誕生日を祝って上げられなくて、ごめんなさいね」
出かける前の母の言葉。
「いいよ。もうボクはそんなに子供じゃないんだし」
笑った僕に、
「あら、誕生日に大人も子供も関係ないでしょ。
自分が生まれた日を祝ってもらえるのはいくつになっても嬉しいものよ」
そういうものだろうか。
生んでくれた母には確かに感謝はしているけれど、
誕生日がそんなに特別なものだとはボクには思えなかった。
お昼過ぎ、碁会所に行くと、市河さんを始めとする碁会所のお客さん達が、
ボクの誕生日を盛大に祝ってくれた。
「お誕生日おめでとう、アキラくん」
「若先生も立派になられましたなぁ」
「次の誕生日までには、ぜひともタイトルの一つでも…」
わざわざ特注の豪華なケーキまで用意してあって、ボクは素直にお礼を言った。
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
芦原さんと緒方さんは今日は地方に遠征に行っているらしく、
「プレゼント、あずかっているわよ」
市河さんに手渡された。
芦原さんからは万年筆、緒方さんからはブランド物のネクタイ。
「何だか、あの人達らしい贈り物ね」
市河さんが笑っていた。
(2)
家に帰ると、ボクは一人、部屋で棋譜並べをしながら、夜が更けるのを待った。
……後数時間もすれば、誕生日も終わる。
ひんやりとした碁石を持ちながら、ふと『囲碁はいつ生まれんだろう』疑問が浮かんだ。
囲碁の誕生日、囲碁を生み出した人は誰?
探究心をくすぐられる。
ボクは自分の誕生日より、囲碁の誕生日を祝いたいと思った。
進藤がこのことを知ったら、きっとまた呆れられるに違いない。
彼に言わせれば、ボクは「囲碁バカ」なんだそうだ。
「お前って囲碁しか頭にないんだな」
しょうがないなぁと、困ったように進藤が笑った。
「進藤…」
――何故だか急に彼に会いたいと思った。
碁が打ちたいとか、そういうものではなくて。
一体、この切なさは何なのか。胸が小さく痛んだ。
…でもきっと、こんなものは誕生日を過ぎてしまえば消えてしまう。
誕生日に惑わされて、変に感傷的になっているだけだ。
進藤は今日は名古屋で対局だったはずだ。
……彼も一人で、この夜を過ごしているんだろうか。
(3)
と、ピンポーン。突然、鳴り響いたチャイムの音。
「…?」
こんな夜更けに誰だろう。
今日は来客の予定はない。
玄関へ行くと、引き戸の向こうに人影が見えた。
「…あの、どなたですか」
訝しんで声をかけると、
「オレだよ、塔矢。さみぃー。早く開けてくれよ」
聞き覚えのある声が返ってきた。
「…進藤!?」
驚いて、玄関を慌てて開けると、思った通りの彼がいた。
「――」
一瞬、言葉を失ったボクに、
「もうマジ寒いって。雪だるまになるかと思ったぜ」
進藤の頭やコートに雪が積もっている。
「もうヒデーんだぜ。駅のタクシー乗り場、人はいっぱい並んでんのに、
タクシー1台もいないしさ。待ってたらいつになるか分かんねぇから…」
「――駅から歩いてきたのか」
「ああ。もう風が冷たいの何のって」
言いながら、身体についた雪を払う。
そんな思いをしてまで、どうしてボクの家に…?
(4)
とりあえず進藤を家に上げる。
玄関の戸を閉めて、暖房をきかせたボクの部屋に連れて行った。
「はぁ…まだ身体が震えてるぜ」
部屋に入ってコートを脱いだ進藤は<両腕で自分の身体を抱きしめるような格好をする。
よっぽど寒かったのだろう。
そんな進藤に、ボクは気になっていたことを口にした。
「――進藤、今日は名古屋で対局だったんだろう。一泊して明日帰ってくればよかったのに」
てっきり、その予定だと思っていたから、本当に驚いた。
まさか、今日、彼に会えるとは夢にも思わなかったから。
すると進藤は、
「…ばぁか、明日じゃ意味ねぇだろ」
それから、優しい目になって、
「おまえの誕生日は今日なんだからさ」
――覚えていてくれたんだ。
(5)
驚いて見つめ返すボクに、
「忘れるわけないじゃん。塔矢アキラが生まれた日なんだぜ。オレにだって大切な日だよ」
にっと笑った。
胸が、痛くなった。ふいに涙がぽろり、ボクの瞳からこぼれおちた。
そんなボクを見て、進藤がビックリして声をあげた。
「え!?あ!と、塔矢!!?」
次から次へと涙がこぼれていく。
「…あ…れ…ボク…どうしたんだろ…」
何故、泣いているんだろう。
悲しいことなんてないはずなのに、どうして……。
自分自身に戸惑っていると、
「…塔矢」
ふわり。空気が動いた。進藤に抱きしめられる。
「――」
いつもなら、こんなことされたくないのに。
ふざけるな!って、その腕を振りほどくのに。
ボクは進藤にされるがまま、その胸に頬を寄せた。
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