クローバー公園(仮) 1 - 5


(1)
通り雨はおさまり、明るい太陽が顔を覗かせていた。
ビルの谷間の中を少し歩き、細い路地をひょいとくぐると、
大きなビル群の裏に、忘れられたようにその公園はあった。
忘れられたように感じるのは、一面に生い茂った草の背の高さか
あるいはその草が雑然と生い茂っていて
人が出入りする場所なら当然存在するはずの
遊具までの足跡すらついてないからなのか。

「クローバーじゃん。うわー、すげー!塔矢、なんでこんなトコ知ってんの?」
ヒカルは足下が雨露で濡れるのも気にせず
一面のクローバーの只中に踏み入り、それにアキラも続いた。
雨の匂いと、濡れた土の匂いと、青草の匂いとが混じった
初夏特有の、湿った熱気が立ち上っていた。
「うん、この間偶然通りがかってさ。前はもっと不思議な感じだったよ」
今のこの光景に、アキラは少しがっかりしていた。
本当は、一月くらい前にここを見つけた時には、
一面の緑には今日と変わらず足跡すらない絨毯のようで、
その中にぽんぽんと浮かんだ白詰草の花が
都会のビル群の中に存在していることが不思議な空間だったのに
今では何か生々しいほど青い、ただの草むらでしかない。


(2)
ヒカルはしゃがみ込んで何かを探し始めた。
裾が濡れやしないかとひやひやしながら、アキラもその隣にしゃがんだ。
「進藤、どうした?何か落とした?」
「いや、四つ葉のクローバー探してんだ。見つかったら明日の手合に勝ぁつっ!」
「…で、見つからなかったら負けるって?そんなことに賭けるのは違うと思うけど」
「いいや、見つける!四つ葉で幸運を掴むんだよ!」
「そういうの信じてるんだ?ふぅん」
ヒカルはそれに答えず黙々と葉をかき分け続けている。
アキラもヒカルとは反対側の葉を少し丁寧に眺めてみたが、
四つ葉が見つかるどころか、逆に湿った強い草いきれが太陽の熱で立ち上り
呼吸を難しくするので早々に諦め、立ち上がって空を仰いだ。

夏の鮮やかな青空を、一筋の飛行機雲がすぱっと切り裂いている。
そんな爽やかな空の下、ここは蒸し暑くて息苦しいばかりだ。
期待を外された無念さと相まって、アキラはもうここを出たくて仕方なかった。
一方ヒカルは、熱心に葉を見つめながら、どんどん向こうへと進んでいき
もう帰ろう、と声をかけても見向きもしない。
始めのうちはその姿を微笑ましく思ったものの、
時間が経っても自分に構わず地面を見つめてばかりのヒカルに
だんだんアキラは苛ついてきた。


(3)
このところお互いの時間が合わなくて、二人で会うのは本当に久しぶりだった。
次に二人の時間を持てるのはいつになるか、まだ分からない。
なのに、その大切な一緒の時間が、無駄に捨てられていく。
ヒカルは一体どれだけここで過ごせば気が済むんだろうか?
しかもここはひどく蒸し暑いし、湿った青草と土の匂いが強すぎて
なんだか気持ちが悪くなってきた。
アキラの機嫌は加速度的に悪くなるばかりだった。
幾度声をかけてもヒカルは自分を気に留めやしない。
口をとがらせ腹の底から怒気を搾り出すようにヒカルを呼ぶと
ようやくヒカルは身体を起こした。

ヒカルからしてみると、アキラが何を怒ってるのか良く分からない。
まぁ確かにちょっと放っぽって置いたのは悪かったけど
ここに連れてきたのは塔矢の方じゃん。
でも、怒らせっぱなしは絶対マズい。
こないだ怒らせたときは、森下先生の前でべたべたくっついてきたからなー。
あれはかなりヤバかった!しかも余計な事までしゃべりそうだったし。
あれをまたやられたら敵わないよ。うん。
しょうがない、今日は機嫌取っとくか…。
「な、塔矢、今からオマエんち行ってもいい?」
「え?もちろん、いいよ。なんでそんな事聞くんだ?」
不快極まりない空間を抜けられる安堵感から、アキラは柔らかく微笑んだ。


(4)
公園を出られて、ほっとしたアキラだったが
どうも微妙に具合が悪い。
額に汗が吹きだす感触が気持ち悪くて、何度も前髪を直した。
浅くしかできない呼吸の下で、ヒカルの声が少し遠く聞こえた。

今日のアキラは何かが違う。何だろう?
ヒカルが首を傾げかけたその時、アキラを見つめる視線が、ふっと遮られた。
―――あぁ、そうか。
今日のアキラは、額に浮いた汗で肌に貼り付く髪を気にして、何度も小指で額をなぞり、
前髪を払っている。
その仕種が何故だか艶っぽかった。耳の奥で体音が響く。
その変化を押し隠すように、やみくもに話題を引っぱり出したが話が噛み合わず、
あいまいな返事が返ってくるばかりで
終いには、相づちすら帰ってこなくなった。
「…塔矢?」名前を呼んでも、反応がない。
「塔矢!」
少しして、アキラは柄にもないほど酷く緩慢に振り返った。
「オマエ、もしかして具合悪い?」


(5)
ヒカルは途中何度もアキラを気にしながら、アキラを家まで連れて帰ってくれた。
アキラは冷たい水を頭からかぶり、溜息をついた。
折角ヒカルが泊まりに来てくれたというのに…。
シャワーの水を胸で受けながら、暫く何も考えず、ぼんやりしていた。
肌から跳ねた冷たくて細かな飛沫が心地よくて、思いきり深呼吸した。
少しの時間だったが、幾分すっきりした気がした。

風呂から上がると、ヒカルが途中で買ったウーロン茶をコップに注いでくれ
飲むよう促したので、黙って飲み干した。
「布団敷いておいたから、頭冷やして少し寝てろよ」
「うん……ありがとう」
アキラは茶箪笥の上の救急箱から、冷却シートを2枚、取りだした。
驚いたような顔でヒカルがそれを見ている。
「塔矢んちって、ビニール袋に氷入れて頭にのっけるんだと思ってたよ」
「………そんなこと、しないよ…」
「はは、ごめん。それより、貼ってやるよ。どこに貼る?」
「おでこと、首の後ろ…」
アキラはヒカルの正面に座り、冷却シートを手渡した。



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