断点 1 - 5
(1)
「進藤、たまにはボクの家で打たないか?
碁会所だとどうしても周りがうるさいし、落ち着いて検討も出来ない。
それに、キミも嫌な思いをしてるんじゃないか?本当はあそこは嫌なんじゃないか?
ボクもお客さん相手だから強く言えなくて、いつも申し訳ないと思ってるんだけど。」
そんなふうに言われたのは先週の事。
それでオレは今、塔矢の家の前にいる。
オレはいつになく緊張している。
そりゃ、塔矢んちに来るのは初めてじゃない。
けど、いつもと違うのは、多分今日はこの家には塔矢以外誰もいないって事。
もしかして塔矢も少しはオレと二人きりになりたいなんて気持ちもあるんだろうか、とか、いや、
そんな事ない、単に塔矢はオレと邪魔無しで打ちたいだけだろう、とか、そんな自分に都合の
いい考えと、それを打ち消す考えがぐるぐるして、アタマがおかしくなりそうだった。
「あーっ、どうしよう!」
思わず声を出してしまってたらしい。通り過ぎる人がオレの事を怪訝な顔で見た。
慌てて時計を見ると約束の時間をちょっと過ぎてた。
オレって馬鹿。一体、何分、この家の前でぼーっと立ってたんだろう。
えーい、こんなとこでいつまでも考えてたってしょうがない。
男は度胸だ。思い切って、呼び鈴を鳴らした。
「やあ、いらっしゃい、よく来たね。」
塔矢はにこやかに出迎えてくれた。
「今日は余計な口出しする人もいないし、二人だけだから、思いっきり打とう。」
余計な口出しって北島さんとかのことかな、と思うとちょっとおかしかった。
あのオッサン、いっつもうるせーんだもん。何かっつーと若先生、若先生って。
塔矢と打ってるのはオレだっての。
「えと、塔矢先生やおばさんは?」
「例によって中国に行ったきり。誰もいないから、遠慮する事無いよ。」
やっぱり。この家に二人っきりなんだ。そう思うとドキドキしてきた。
(2)
二人っきり。
ああ、マズイ。どうしよう。
塔矢と二人きりなのは嬉しい。けど、嬉しいだけじゃない気持ちがある。
だって、オレは塔矢を見るとヘンな気持ちになるんだ。
オレを生まれて初めて真剣にさせた塔矢の目が、あの時と同じようにオレを真剣に見てるのに
気づくと、その時一瞬、オレの心臓は止まりそうになる。
思いがけず塔矢がオレに向かって笑ってくれたりすると、オレの心臓はうるさいくらいに暴れだ
して、オレはどぎまぎしてあいつの顔を直視できなくなる。
それなのにオレはふと気が付くと塔矢の横顔や、指先に見惚れてたりする。
もっとずっと見ていたいと思ってしまう。もっと一緒にいたいと思ってしまう。
それだけじゃなくて、見てるだけじゃなくて、あいつに触ってみたくてしょうがなくなる。
塔矢のサラサラ流れる真っ直ぐな髪とか、すべすべな白いほっぺたとか、ピンク色のキレイな
唇とか…あいつに触ってみたいんだ。触ってみたくてしょうがないんだ。
それだけじゃなくて、塔矢にキスしたり、抱きしめたりしてみたいんだ。
つまりオレは塔矢が好きなんだ。
時々そんな気持ちを抑え切れなくて、気付いたら塔矢のことをじっと見てしまっていたりする。
「どうした、進藤?」
って言われて慌てて、なんでもない!って言って、目をそらしたりする。
それが最近は度々で、なんか、オレの気持ちは塔矢にはバレちゃってるんじゃないかって気も
する。もし、バレてるんだとしたら…わかってて誰もいない家にオレを呼ぶって、どういうつもり
なんだろう、ってまたバカな考えがぐるぐる回りだす。
そんなオレに気付いているのかいないのか、塔矢は碁盤を出してオレの前に置く。
「早速だけど、まず、打とうか。」
「うん。」
オレは塔矢の淹れてくれたお茶をくいっと飲んで、碁笥を引き寄せた。
「お願いします。」
そう言って頭を下げると、不思議と意識は盤面に集中して、ヘンなもやもやとか、ドキドキとかは
どこかへ消えた
(3)
それなのに、打っている時は集中していられたのに、終わって検討を始めたらもうダメだった。
何か言う塔矢の声と、石を置く指先に目を取られて、声は聞こえている筈なのに、なんて言ってる
かなんて全然聞こえてなかった。
「…進藤?どうした?」
「…え…?……うわっ!」
ふと顔を上げると、予想もしていなかったほど近くに塔矢の顔があって、慌ててオレは身体を後ろ
に引いた。塔矢は怪訝な顔をして、そんなオレを更に覗き込むようにして、言った。
「どこか具合でも悪いのか?なんだかぼうっとしてるし…」
「ち、違うんだ、塔矢、」
そんな目でオレを見ないでくれ。
無防備に近づかないでくれ。
胸が苦しい。
息をするのさえ苦しい。
どうしよう。言ってしまいたい。
「塔矢、」
オレは思い切って顔を上げて、塔矢を見上げた。
なに、と言う風に、塔矢の優しい目がオレを覗き込んだ。
ダメだよ。塔矢。
そんな目で見られると、オレは…
「塔矢、オレ…オレ…おまえが……」
「言わなくていい。」
言いかけたのを遮るように塔矢が言った。
小さく首を振って塔矢はオレに向かってすっと手を伸ばしてきて、そしてさっきまでオレが見惚れてた
指先がオレの唇に触れた。
カアッと顔が熱くなるのを感じた。心臓がドキドキいってて、どうしたらいいかわからなかった。
そんなオレを見て塔矢がふっと目を細めた。塔矢の手がそのままオレの顎を軽くとらえ、にっこりと笑っ
たキレイな顔が近づいてきて、思わず、キスされる、そう思ってオレはぎゅっと目を瞑った。
(4)
でも、オレを襲ったのは、そんな可愛らしいものじゃなかった。
何が起きたのか、一瞬わからなかった。
気が付いたら、オレは無様に転がっていた。ほっぺたが痛くって、思いっきり平手で叩かれたんだっ
てわかった。何がどうなってるんだか訳がわからなくて、呆然としたまま、転がっていた。
影を感じて見上げると、塔矢がオレを見下ろしていた。逆光になって、表情がよくわからない。
わからないけれど、とても怖かった。
大失敗した。最悪だ。そう思った。
あんな事を言い出して、塔矢を怒らせてしまった。
最悪だ。
そう思って怯えながら塔矢を見上げた。
けど、こんなのはまだまだ最悪の内には入ってなかったんだって、その時にはわかっていなかった。
(5)
「とう、や、」
呼びかけながら身体を起こそうとしてついた手を、足ではらわれて、オレはまた転がった。
そして、塔矢はゆっくりかがんでオレの顔を覗き込んだ。
「塔矢、」
きっとオレの声は泣き出しそうに情けなく震えていたと思う。
「ゴメン、オレ…」
言いかけた所を、また平手打ちされた。それからオレの身体をうつ伏せに倒して、肩を押さえ込むと、
手がズボンに伸びベルトを外そうとしした。
「やめろっ、塔矢、何すんだ…っ!」
オレは必死にそれに抵抗しようとした。だがオレが叫んだり、ばたばたと足を暴れさせてるのなんか
全然気にもかけられなかった。あっという間にオレはズボンも下着も脱がされ、上半身はまだ服を着
ているのに下半身だけをさらけ出されてしまった。
「いやだっ!やめろっ!…あっ!」
暴れるオレを押さえつけるように、急に、アレをぎゅっと握られて、オレは声を飲んでしまった。
一気に身体が固まった。
恐ろしかった。声を出す事も、動く事も出来なかった。背後にのしかかる塔矢がもの凄く怒っている事
だけはわかって、これから何をされるのか、怖くて、オレは息をするのも怖かった。
オレを握りこんでいた塔矢の手が、オレのモノを弄るように動き始めた。
「や、やめろ、何すんだ、」
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