Hope&Wish 1 - 5


(1)


北斗杯が終わってしまった。
進藤と社は負け、ボクは…ボク一人だけが勝ってしまった。
進藤の泣き顔を見たのは初めてだった。
下手な慰めは、よけいに彼を苦しめることになるだけだろう。
「これで、終わりじゃない。終わりなどない」
精一杯のボクからの言葉だった。ボクは冷たい人間だろうか。

表彰式が終わり、各自荷物をまとめてホテルを引き払う。
社は新幹線で大阪に帰り、ボクもそのまま自宅に戻るはずだった。
進藤に呼び止められるまでは――。

「塔矢」
まさか彼のほうから声をかけられるとは思わなかったので驚いた。
そして続いた言葉は予想外のものだった。
「このまま、二人でどこかへ行かないか」
現実感のともなわない声。何でもないことのように彼が云った。
「いいよ…」 
ボクはそう返事を返していた。


(2)


進藤と二人で遠くへ行くのは初めてだった。
電車に揺られて、進藤は二人座席の窓際に座り、窓の外の景色を眺めていた。
オレンジの夕焼け空が拡がっている。
いつだったかインターネットカフェの前。
キミとsaiのことで言い合いになった、あの時の色に似ていると思った。
ふいに、進藤の手がボクの手の上に重なった。
驚いて見ると、進藤は窓の外に顔を向けたままだった。
その温もりが切なくて、ボクは手の平を返して、そっと彼の手を握りしめた。
窓の向こう側に海が見えたのは、それからしばらく経ってからのことだった。

海辺の静かな町。電車を降りて、宿を探した。
小さな旅館が見つかって、宿泊名簿に名前を書いていると、受付の奥に貼ってあるポスターに目が止まった。
『碁盤、貸し出します』
仲居さんに訊いてみると、時々、碁打ちの客がくるのだそうだ。
何も知らずに選んだ宿なのに、ボク達は囲碁からは逃げられないらしい。
部屋に案内されて、もう夜だからと、布団をひいてもらった。


(3)


仲居さんが出て行ったのを確認してから「進藤」声をかけた。
進藤は窓の近くのチェアに座って、相変わらず外を眺めていた。
決してボクの方を見ようとしない。それがつらかった。
ボクは部屋の電気を消した。そして、布団の上で、昼間から着ていたスーツを脱ぎ始めた。
「進藤」
もう一度、呼びかけた。
進藤が立ち上がった。窓から差し込む月明かりが彼のシルエットを浮かび上がらせる。
「………」
ゆっくりと歩いてくる。
もう少しで触れるというところで、急に彼はその場に座り込んでしまった。
ボクはそっと近づき、そんな進藤を抱きしめた。
彼は小さく震えていた。
ボクは言葉を持たない。どうすれば、この人に力を与えてあげられるのか分からない。
碁打ちは孤独だ。孤独に戦い続ける。
どんな苦しいことも自分で解決するしかない。それは囲碁だけでなく人が生きるということも同じなのだろう。


(4)


ふいに進藤の唇がボクの首筋に落とされた。
「あっ…」
思わず、声を上げてしまい、ボクは身を震わせた。
進藤の手がボクの身体をまさぐり始める。されるがまま、進藤に身を委ねた。
熱い吐息が闇に溶ける。
今日の昼間、碁石をはさんでいた指先が、ボクの敏感な箇所に触れ、微熱を帯びていく。
先端を弄られ、濡れ始めた粘液が卑猥な音を立て始める。
「…っぁ…」
指で唇を塞がれた。声を出させない気らしい。
進藤の指の下で、ボクは小さく喘ぎ声を漏らす。
強引に足を開かされて、その間に身体を割りいれられた。
進藤の熱くいきりたったモノが、まだならされていない入り口にあてがわれる。
「…っ…」
強引な進入に、引き裂かれるような痛みを感じる。
声も出せずに、ボクはぽろぽろと涙をこぼした。
進藤自身も痛みを感じているに違いない。
低くうめくような声が進藤の口から発せられていた。
「!」
苦しくて、目を見開く。
こんな無理やりな抱かれ方は初めてだった。
でも…もしキミが望むなら、どんなに酷い扱いをされても構わない。
それでキミが少しでも癒されるのなら、ボクが救いになるのなら――。
何度も何度も突き上げられて、痛みも快感もメチャクチャに交じり合って。
ボク達は際限なく、汗と涙と精液で何もかも解らなくなるくらいのセックスをした。


(5)


窓の外から聴こえる潮騒の旋律。差し込む朝日の眩しさに目が覚めた。
気を失って、そのまま眠ってしまっていたらしい。
「――塔矢」
進藤がボクの顔を見つめていた。
ああ、数時間ぶりに彼の声を聞いた。
「…進…藤…」
ボクは手をのばして、彼の髪を撫ぜた。
と、進藤が、ふいにそのボクの手を掴むと、自分の口元に寄せた。
ボクの指に彼の唇がふれる。
「オレは、これからも、この指と碁を打ちつづけるんだな。何十局、何百局、何千局…。
きっとオレは生涯、碁打ちだ。オマエの言う通り、終わりなんかないんだ」
「………」
「オレはアイツの遺志を受け継いだ。だからオレは神の一手を極めるんだ。
遠い過去と遠い未来を繋げるんだ、オレの手で」
そうやってキミは一人で何もかも背負っていこうとするのか。
――ボクがいるのに。ここにボクはいるのに。



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