偽り 1 - 5


(1)
「ん・・あ・・ああああ・・・」
キングサイズのベッドで、二人の身体が絡み合う。
ボクはいつものように緒方さんに抱かれていた。
もう彼との関係は15年以上になる。
ボクの兄弟子で、棋士の先輩。
子供頃は、ただそれだけが彼に対する印象だったが
今は自分にとってはなくてはならない愛しい存在に変化していった。
行為が終わり、気怠い身体を起こし彼を見る。
彼は、ワイシャツを着込んでいる最中だった。
「どうした?アキラくん」視線を感じ緒方は振り返った。
「いえ・・・」
もう少し側にいたい・・・その言葉をアキラは呑み込んだ。


(2)
明くる日の朝、ボクはお父さんに呼びつけられた。
緒方さんの事もあり正直お父さんには顔を合わせ辛い。
ここ15年の間、お父さんとの朝の対局も理由を託けては断ったり
していた。そんなボクをおとうさんは特に何も云うことはなく・・。
返ってそれが辛かった。
ボクを見守り、ずっと目標であった父。
ずいぶん白髪が増えたな。
もしかすると自分は、かなりの親不幸をしているのではないか・・・。
30を過ぎても今だ自分は、結婚する意志を見せない。
愛している人はいる。
でも、それは親に紹介出来るような人ではない。
自分の弟子にあたる緒方と愛する息子が関係していると知ったら
どうなるのだろう。
だが、緒方との関係を終わらす勇気はボクにはなかった。


(3)
案の上、話というのはボクの見合い話だった。
いつもは周りが勝手にいらぬ世話を焼き、見合い話を持ってくるという
パターンがほとんどだったが、父からそういう話を持ってこられるとは
正直思っていなかったので少々面食らった。
「私はおまえに無理に見合いを薦めようとは思わない」
「・・・・・・・・」
「だが、おまえもりっぱな一人前の大人だ。心に決めた人がいるのなら
ともかく、いないのであればいい機会と思って逢うだけでもいいと思う。」
「そう思って写真を受け取った」
よく考えて返事をしなさい。とやんわりという口調だったが、逆らえない
意志の力を感じて差し出された写真を受け取った。
部屋に戻り、机にその写真を投げ出す。
そのまま畳に寝そべり、先ほどからサラサラとした霧雨が強い雨音に
なったのを認識すると、”まるでボクの今の心境だな”と自嘲気味に
つぶやいた。


(4)
手合いが終わって、今日も緒方さんのマンションに向かおうと棋院を
出たところで、肩を叩かれ誰かに呼び止められた。
「よう」
そこにはライバルでかつての想い人、進藤ヒカルが立っていた。
「久しぶりだな、塔矢。元気してたか?」
昔と変わらず彼は、ボクに気安い態度で接してきた。
ほんと変わっていないな。
ボクはクスリと笑った。
大きな目、鼻筋がきちんと通った顔、愛らしい唇。
そして碁を打つときに見せる精悍な顔つき。
昔、自分を惑わし苦しめていた時のままの彼がそこにいた。
違うところを云うなら、今現在緒方さんが自分の心を占めていると
いう事だけ。それが証拠に今こうして話をするが、彼に心がざわめかない。
当たり障りの会話を一通りしゃべった後、ボクは「それじゃ・・」と
いって彼から立ち去ろうとした。
「塔矢」
呼ばれてボクは振り返る。
「もし、時間があるならちょっと付き合ってくれねえ?」
「積もる話もあるし」
進藤は上目遣いでボクを見上げはにかんだように云った。
ドキ!
ああ、やはり彼は変わっていない。
年月を経て大人の男の印象が強く出ているが、昔のままだ。
でも、ボクは・・・やはり断ろうと口を開けかけた時、彼の方が先に
言葉を発した。
「無理ならいいんだ・・・。」
ホントは緒方さんにすぐ会いに行きたかったのだが、久しぶりに逢う相手を
無下にすることは出来ず、ため息混じりに返事をした。
「いいよ、そこの喫茶店でも入ろう」
「ああ」
進藤は、ぱぁと輝くばかりの笑みを浮かべた。


(5)
喫茶店に入り、お互い飲み物を注文しウェイトレスが持ってくるまでの間
ボク達は、どちらも口を開こうとしなかった。
奇妙な沈黙が続く・・・。
いざとなったら、言葉が出ないのか。本日2度目のため息。
あまりの沈黙に耐えかね、側にあったコーヒーカップに
手を伸ばす。と・・・
「すまなかったな、塔矢」
え!?彼が開口一番発した言葉にボクはコーヒーカップを
口つけようとした所で手に止めた。
「本当は、これから用事があったんだろ?」
進藤は、目線を伏せコーヒーカップの取っ手を手に取り
その衝撃で出来た波紋を眺めながら云った。



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