Linkage 1 - 5


(1)
 ブラインドの僅かな隙間から差し込んでくる光を虚ろな表情で
見つめながら、アキラはベッドの上で膝を抱えて座っていた。
裸体を包み込む真っ白な麻のシーツの端を力無く握るその姿には、
おおよそ生気というものが欠落しており、彼が呼吸しているのか
すらも定かではない。
家具と呼べるようなものはベッドとサイドテーブルだけという
殺風景な部屋は、部屋の主の趣味なのか、全体がモノトーンで
統一されており、置物のように微動だにしないアキラの透ける
ように白い肌と漆黒の髪も、さながら部屋のインテリアの一部
のようであった。
完璧とでも言いたくなるほどの静寂に支配されたその部屋で、
かろうじて異議を申し立てるのは、サイドテーブルに置かれた
飲みかけのペリエから炭酸が抜けていく微かな音だけだった。


(2)
 過ぎていく時間が、アキラの視線の先にある光の色を鮮やかな
朱に染め上げ始める。
その様子を先程と何ら変わることのない虚ろな表情で見つめていた
アキラは、突然、何を思ったのか、シーツを握っていた手を離した。
 全身を包み込んでいたシーツを腰まで落とすと、のろのろと立ち
上がり、窓際へと歩み寄った。
そして、ブラインドの紐をこれまでにない力強さで握りしめると、
激しい勢いで引き下ろした。
ブラインドが上がり、一瞬のうちに強烈な夕日がガラス越しに
部屋中を照らし出す。
アキラは全ての力を使い果たしてしまったかのように、その場に
しゃがみ込むと、肩を壁にもたれかけさせた。
 露わになったアキラの上半身には至る所に赤く情交の証が刻み
込まれており、差すような朱の光がそれらを更に淫らな色に染め
上げた。
アキラは夕日に照らされ、毒々しいまでに赤くその存在を主張する
幾つもの刻印をやりきれない思いで見つめ、指先でゆっくりとなぞり
ながら、声を絞り出すようにつぶやいた。
「進藤…、どうして………」
 その瞬間、隣室からこの家の主の帰宅を告げる物音が聞こえ、
アキラの視線は否応なしに隣室に通じるドアに固定される。
気持ちを切り替えるため、アキラはひとつ深呼吸をすると、下半身を
覆っていたシーツを荒々しく胸元まで手繰り寄せ、冷め切った表情で
ドアを凝視した。


(3)
 ざらついた舌はいつも苦く、辛い。
口腔内に迎え入れた舌の感触は、初めて唇を重ねた時から何ら変わることが
なかった。
その舌がアキラの舌を誘うようにねっとりと動くと、アキラも素直に応じて
自分の舌を絡ませる。
 フローリングの床の上に組み敷かれたアキラは、時折肩胛骨が音を立てて
床にぶつかると、痛みから僅かに眉根を寄せた。
男はそんなアキラの様子を知りつつも、構う気はないと言わんばかりに更に
アキラの口腔の奥へと舌を滑り込ませた。
 湿った音を立てながら、もうどれほどの時間、互いの口腔を貪り続けて
いるのだろうか……、アキラはふとそんなことを考えた。
先程まで室内を照らしていた夕日は既に沈み、辺りは闇に支配されている。
(この調子だと今夜は長くなりそうだな……)
絡み合った舌を通して流れ込んでくる男の唾液を躊躇することなく飲み下し、
さらなる行為を求めるかのように相手の背中に腕を回しながら、そんな
考え事をする余裕のある自分に気付き、アキラは心の中で苦笑した。


(4)
 ひとしきりアキラの口腔内を堪能した男は、その感触を惜しむかのように
重ねていた唇をゆっくりと離した。
僅かに開いたアキラの唇の間から覗く舌と、男の唇との間を既にどちらの
ものともわからなくなった透明な唾液が細い糸を引く。
 組み敷いたアキラに体重をかけることのないよう注意しながら上体を起こすと、
男は傍らに乱雑に脱ぎ捨てたオフホワイトの上着のポケットを探り、赤い箱の
煙草とライターを取り出した。
慣れた手つきで一本取り出し火をつけると、彼は床に脱ぎ捨てた上着のすぐ
横に置かれた眼鏡を取って立ち上がった。
サイドテーブルに眼鏡を置くと、既に緩めてあったネクタイを片手で外し
ながら、もう片方の手でサイドテーブル上のライトのスイッチを入れる。
 その間アキラは男の行動に関心を示すでもなく、床の上に仰向けになった
まま、じっと見たくもない天井を見つめていた。


(5)
「シャワーはいつ浴びたんだい、アキラ君?」
 男はそう言ってベッドに腰掛けると、天井を見つめたままのアキラを半ば
呆れたような表情で眺めた。
「昼過ぎに起きて、それから浴びましたよ……」
 面倒くさそうに返事をしてベッドに視線を向けたアキラは、下肢に絡み付いて
いたシーツを引き上げて腰に巻き直すと、怠そうに起き上がりブラインドを
降ろした。
「じゃあ、オレは一風呂浴びてくるとするか。そういえば…起きてから何か
食ったのか?冷蔵庫から出したのは……」
 そう言って男はサイドテーブルに置かれたペリエのボトルを手に取り、
振り向いたアキラに見せつけるように軽く振った。
「…これだけのようだな。まあいい。適当に見繕って買ってきたものが
キッチンにある。オレが出るまでに好きなものを食べておくんだな」
 薄く笑いながら炭酸が抜けきったペリエを一気に飲み干し、男は立ち
上がってアキラに近付いた。
長くほっそりした指先にアキラの髪を巻き付けて軽く引っ張ると、耳元に
唇を寄せて耳朶にそっと歯を立てる。
「何も食わずに一戦交えるのはきついだろう、アキラ君?オレは気の抜けた
セックスをする趣味はないんでね」
 そう囁いてわざと力を入れて噛んだアキラの耳朶を悪戯っぽくぺろっと
舐めると、男は部屋から出ていった。
 アキラは憔悴しきった様子で男に噛まれた耳に触れ、まだ少しへこんでいる
男の歯の跡を爪でなぞりながら、重い足取りでドアに向かって歩き出した。



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