嘆きの少年王 1 - 5
(1)
豪奢な広い室内で、小姓たちに音楽を奏でさせていた少年王は、とつぜん演奏を
やめさせた。
「もうよい…!」
「どうか…なさいましたか、アキラ王よ。」
楽隊長が心配そうな顔で、少年王に近づき、尋ねた。
「レッドは…もう、ボクの事なんか忘れちゃったのかもしれない…」
アキラ王はポツリと呟いた。
「ボクよりも、イゴレンの仲間たちのほうが大事なのか、レッドは。」
アキラ王の伏せた睫毛がかすかに震えた。
「家老たちに悪気がなかったのはわかっているが、レッドに会えない日々は辛いんだ…。」
それはアキラ王を大事に思うあまりの失言であった。
だがそれがレッドを怒らせたのもまた事実であった。
「もう来ねぇよ!」
そう言ったレッドの姿を思い出すと、アキラ王は涙がこぼれそうになるのだ。
折角、この城にもきてくれるようになって、ボクはどんなに嬉しかったか。
それなのに、家老たちの、いや、それに気付きもしなかったボクも悪いんだ。
以前は敵対していたはずのこの城で、レッドがどんなに居心地がわるかったか。
それを気遣ってやれなかった、自分のいたらなさが悔しかった。
「もう2週間もボクは放置プレイだ。しかも来週もボクの出番はあるかどうか…。
ほった監督から台本も届かないし…。」
(2)
放置プレイなどという言葉は何よりも自分には相応しくないはずなのに。
そう思って、アキラ王は悔しさに下唇を噛んだ。
なぜ、このボクがこんな目にあわなければいけないんだ。
「なぜだ。なぜなんだ。新章はボクとレッドとの物語ではなかったのか…?
そんなにも、レッドは sai のことを忘れられないのか?
キミの生涯のライバルはこのボクじゃなかったのか?
キミはそれともボクよりも、あんな門脇とか言う鼻のでかいヤツが好きなのか…?」
アキラ王の目から真珠のような涙がこぼれおちた。
「それは…、」
こらえ切れない涙を、だがなんとかこらえながら、楽隊員の一人は言った。
「わたくしたちもつろうございます。アキラ王の華麗な姿が拝めない週刊ジャムプなど、
どんな意味がありましょう。」
「そうです、王よ、こうなったら、偏執部に抗議するしかありません!」
「いえ、抗議などでは甘い。不買運動です。
わたくしも城内、いえ、王国のもの供全てに呼びかけましょう。
来週のジャムプは購入してはならない。どうです、王よ。わが王国のものが全て
不買運動に賛成すれば売上がた落ちは必須、偏執部も王を登場させない愚かさを
思い知る事でございましょう。」
「そ、それは…」
アキラ王はうろたえた。自分が撮影に呼ばれなかったのは悔しい。だがそれはそれ、
これはこれである。愛しいレッドの豪華夏色ポスター。水鉄砲にはしゃぐレッド。
不買運動どころか、王国に出回るジャムプ全てを買い占めてしまおうかとまで思っていたのに。
(3)
「どうなさったのです、アキラ王。」
その時、王の主治医オガタンが、白衣の裾をひるがえらせて部屋に入ってきた。
そして悲嘆にくれるアキラ王を見て、慌ててそのそばに駆け寄った。
「どうなさいました?お具合が悪いのですか?」
そしてアキラ王の額に手をやった。
「お熱はないようですが…ああ、じっとしてください。」
そしてアキラ王の上着の前をあけ、白い胸元に聴診器を当てようとした。
「違う、違うんだ、オガタン、」
アキラ王は慌ててオガタンを跳ね除け、上着の前を抑えた。
「違うんだ、具合が悪いわけじゃない。ただ…」
「ただ…どうなさったんです?」
アキラ王は少し甘えるようにオガタンの目を見て、言った。
「ただ、ちょっと寂しくなっちゃっただけなんだ。
もうずっとボクはジャムプから放置されてて、豪華夏色ポスターの撮影にも
呼んでもらえなくて…」
(4)
「…フッ」
暗い笑みを浮かべて、オガタンがアキラ王を見た。その目が暗く光っていた。
「王よ、2週間や3週間の放置プレイが何だというのです。」
低い、感情の無いオガタンの声に、アキラ王としたものが、思わずびくりと震えた。
その時、自分が地雷を踏んでしまった事にアキラ王は気付いた。
「王よ、逐一数え上げるあなたならご存知のはずですな。」
オガタンからアキラ王は目をそらした。
「あれは…もう随分と遠い昔の事のように思えます。
そう、それは私が棋聖の座を手にしたときの事。
あの時、あなたはあの場にはおいでではなかったのですよね。」
そう、あの時あの場にいたのは、あの忌々しいクソジジイ…
クールに貫禄たっぷりにキメてあのジジイをやり過ごす事ができたと、
あの時は爽快な気分だった。だがそれが最後の時になろうとは…。
『上座に座ってお待ちしますよ。』
あれが最後の台詞になろうとは。
このオレが。
オガタンの目がギラッと燃え上がった。
誰よりも放置プレイなどという単語の似合わないこのオレに。
許せん。オレを誰だと思っている。緒方精二十段・棋聖様に向かって、放置プレイなど…!
そんなものは執事に任せておけばいいんだ!!
(5)
「お、オガタン、そんなに怒るな…!」
アキラ王はなんとか、オガタンをなだめようとした。
「そんな、あなたがそんなに放置されている筈はないだろう?
そうそう、番外編もあったはずだ。そう、このボクに相応しく、番外編のトップバッターを
切って登場した、ボクの小学生時代の話だ。当然あなたも出ていただろう…?」
「あなたという方は…!」
オガタンは怒りと悲しみに絶句した。
アキラ王にはオガタンの悲しみの意味がわからず、きょとんと目を丸くしてオガタンを
見つめた。その愛らしい、罪の無い表情がオガタンの心の奥の獣性を目覚めさせた。
「あなたという方は、本当に興味の無い事は覚えていらっしゃらないんですな。
磯部秀樹くんの名前を忘れただけではなく…」
オガタンはアキラ王ににじり寄って、王の華奢な肩を掴んだ。
「クックックッ…私があなたにとってそんなに意味の無い存在だったとはね…」
尋常でないオガタンの様子にアキラ王は怯えて、あとずさろうとした。
だがオガタンはそんなアキラ王の様子などものともせず、アキラ王の身体を引き寄せ、
耳元でそっと囁いた。
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