Shangri-La 1 - 5


(1)
駅前の碁会所で、アキラはヒカルと久しぶりに手合わせした。
検討に入ると、いつものように子供じみた口げんかが始まる。
お互いに引くことが出来なくて、
結局いつものように、ヒカルは碁会所を飛びだした。
あぁまたやってしまった、でもどうせいつもの事だ、しかたないな。
アキラは窓から、走って行くヒカルの後ろ姿を見送った。


翌日は棋院での手合日だった。
アキラはボードにヒカルの名前を見つけたが、ヒカルは姿を見せなかった。
今日はどうしたんだろう?と自分の勝敗を書き入れていたところで、呼びとめられた。
「塔矢君、ちょうど良かった。急で申し訳ありませんが、
今週末のイベント、協力をお願いできませんか?」
あぁ確かあいていたと思います、と答えながら手帳を開くと
依頼された当日の欄には確かに自分の予定はなく、
ヒカルの予定としてそのイベントが書き込まれていた。
「あぁ、あいています。いいですよ。」
「それは良かった。助かります。」
イベントの細かい説明があるから、と言われ、事務室へ寄ることになった。

エレベータを待ちながら、アキラは気になっていたことを口にした。
「ところで、今日進藤が不戦敗になっていますが?」
「あぁ…、お休みされたんですね。電話があったみたいですよ。
今日お願いしたのも、実は進藤君の代わりなんです。」
「え、今日も週末も休み、ですか?どうかしたんですか?」
「あ、えぇ…私は事情は知りませんが」
答えにくそうに返された事が、少し気にかかった。
後で電話しよう、と思いながら、アキラは促されるままエレベーターに乗り込んだ。


(2)
ヒカルは、病院にいた。母親が交通事故で入院したのだ。
気がつけば明朝は手合が、そして週末にはイベントもある。
停滞した意識の中、ヒカルは棋院に電話をかけた。
状況を説明し、対外的な仕事は思い切って1ヶ月先までキャンセルした。
話が大きくなって人が来ても煩わしいと思い、
事故のことは伏せてもらうよう頼んで電話を切った。
今は誰にも会いたくなかった。
虚ろな気持ちで座っていた。不思議と眠気は襲ってこなかった。

ヒカルの携帯は電源が切れているか電波が届かないとかで
その後もずっと留守電だった。
アキラは、連絡が欲しい、と短くメッセージを残したが連絡はなかった。
いつ電話しても携帯も自宅もいつも留守電で、
送ったメールにも返信すらないまま1週間が経った。
アキラは焦れていた。
理由も分からず捨て置かれていることに納得がいかず、
普段はいつもどおり人当たりよく振る舞っていても
言葉の端々に棘が見え隠れする自分を感じていた。


(3)
「アキラ君、最近ぴりぴりしてるな」
碁会所から出た所で、聞きなれた声に図星を指され、
アキラは思わず大げさに振り向いてしまった。
「緒方さん…」
「彼女と喧嘩か?」
緒方は、くくっ、と喉の奥で意味あり気に笑いながらアキラの隣について歩く。
「少し飲まないか?」
――今この人に余計な詮索をされたくはない。
「ボクは未成年ですから」
アキラは素っ気無く返すとすたすたと先を急ぐ。
「いいじゃないか、少し付き合えよ。」

結局アキラは緒方のマンションに来てしまった。
今日に限った事ではないが、緒方の誘いは巧妙で躱し辛い。
アキラにとって都合が悪くなればなる程、誘いを断るのは困難な状況に追い込まれる。
こういう時には本当に嫌な人だ…。アキラは軽い溜息をつき、緒方の部屋へ上がった。

「アキラ君、何飲む?今うちにあるのはジンと、バーボンぐらいしかないが」
「どうぞお構いなく。すぐ帰ります。」
「まぁそう言うなよ。飲まずにはいられないって顔、してるぞ?」
緒方から透明な液体の入ったグラスを受け取り、無言で口をつけた。
「未成年だから飲まないんじゃなかったのか?」
その指摘はアキラの予想通りだった。
「出されたものは残さず頂きます。」
アキラは、わざとにっこり笑顔を作って見せたがすぐ真顔に戻った。


(4)
そういえば、アルコールの味を覚えたのはこの部屋だったな。
――煙草も、キスも、オナニーも、セックスも。
イケナイコト、は、どれもこの部屋で覚えたんだっけ…。
アキラは、ぼんやりと昔を思い出していた。
どれも記憶に霞がかかり始めていて、遠い遠い昔の出来事のように思えた。
なんとなく投げやりな気分になり、グラスの残りを一気にあおった。
喉を焼かれる感触は久しぶりで、少し、むせた。
向こうの方から緒方さんの声が聞こえる。
内容はこの間の対局の話やおねーさん達
(アキラは緒方の周りの女性をこう呼んでいた)の話ばかりで、
しかも珍しいことに、緒方が一方的に話し続けている。
身構えていたアキラは少し安堵して、空いたグラスに注がれたジンを
また勢い良く飲み干す。
テーブルにグラスを置くと、緒方の顔が目の前にあった。
あ、いけない、と思ったがわずかに遅く、緒方に唇を塞がれソファに倒された。
激しく唇を貪られ、身体が一気に熱くなる。アキラは夢中で緒方のキスに溺れた。

アキラの手は無意識に緒方の股間へと伸びかけたが、
膨らんだその部分のほんの手前のところで、アキラはひらりと手を返した。
かろうじて残った理性が、これ以上先に進んではいけない、と警告している。
(きっと、緒方さんの熱さに触れてしまったら引き返せない…)
なおも緒方は激しく舌を絡め、アキラのシャツのボタンを外し、肌に手をかけた。
アキラは何度も緒方の下半身へと手を伸ばしかけては寸前で押し留め、を繰り返して
それでもなんとか踏みとどまっていた。


(5)
「そんなに『彼女』が大事か?」
緒方はアキラの一番敏感な部分に手をかけた。
身体を駆け抜ける感覚に、アキラは思わず声を上げそうになった。
歯を食いしばってこらえながら、潤んだ瞳で緒方を睨む。
波がおさまるのを待って、アキラは口を開いた。
「緒方さんには…関係ないでしょう」
「『彼女』は1ヶ月先のスケジュールまでキャンセルしてるそうじゃないか」
(――え…?)
緒方はアキラの答えなど意に介さない様子で、アキラを愛撫する。
「その様子じゃ、何も聞いてないんだな」
アキラは思わず顔を背けた。
(なぜ緒方さんは進藤のスケジュールのことを?なぜ?)
疑問ができたおかげか、アキラの理性は徐々に快楽に打ち勝ち始めている。
「これから1ヶ月も放っておかれるんじゃぁなぁ。淋しいだろう?」
「――緒方さんには関係ないでしょう。もうあなたとは終わったんだ」

緒方はアキラの顎を掴み、自分を向かせた。
「終わった?じゃぁ今のキスは何だ?本当は欲しいんだろう?
欲しくて欲しくてたまらないんだろう?違うか?」
(――やっぱり。緒方さんは分かっていた…。)
「あいつとのおままごとの恋愛ごっこで満足してるのか?
しかもお前は放っとかれてるときた…」
(でも。)

「今なら許してやる。オレが欲しいんだろう?」

緒方はまたアキラにキスをした。アキラの悦ぶように口腔内を蹂躙する。
アキラは両の拳を握りしめて、その甘い痺れに耐えた。

「緒方さん。――離して下さい。僕、帰ります」
アキラは自分の上の緒方を押しのけ、背を向けた。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!