クリスマス小アキラ 1 - 5
(1)
「ヤ!」
アキラくん5歳はプリプリ怒っていました。
クリスマスだというのに、空から雪が降ってこないのです。
「どうして雪がふらないの? 雪がふらないとサンタさんが来れないでしょ」
縁側に立っているアキラくんの首に、緒方さんはマフラーを
ぐるぐる巻き付けてあげます。アキラくんは半纏を着ていましたが、
おかっぱの髪が切り揃えられた首の辺りがなんとも寒そうだったからです。
「どうしてって言われても……」
「サンタさん〜〜!!!」
アキラくんは仰向けにひっくり返って手足をバタバタさせ始めました。
「アキラ、いいかげんにしなさい」
父はアキラくんをコタツの中にひっぱり込みます。
「おとうさん、どうして雪は降らないの?」
「寒くないからだ」
「どうして寒くないのにコタツに入るの?」
「冬だからだ!」
アキラくんの『どうして攻撃』にほとほと弱りかけた父は、
つい大きな声を出してしまいました。
「……う、」
アキラくんのつぶらな瞳にウルウルと涙が浮かび上がってきます。
(2)
緒方さんは、父の耳元で囁きました。
「アキラくんにはもっと優しく接してあげないと」
「う……うむ」
父は、歳を取ってから生まれた子供の扱いに慣れていないのです。
「どうして雪が降らなきゃ駄目なの?」
緒方さんはアキラくんの濡れた頬をティッシュで拭いてやりながら、理由を尋ねます。
アキラくんはしゃくりあげながら、緒方さんに一生懸命説明しました。
「サンタさんが来れないんだもん。雪が降らないとね、サンタさんのトナカイが
お空を飛べないんだよ」
「ふうん」
「サンタさんが来ないと、サンタさんに会えないでしょ?」
「そりゃそうだ。雪が降ればいいね」
「ねえ」
アキラくんは一人前に溜息を吐いて、また空を見上げたのでした。
(3)
初めて見る切り株のケーキには勝てません。
緒方さんが買ってきたケーキの箱を見つけると、アキラくんは
興味津々で箱の窓のところから覗いたり、緒方さんが散々焦らして
からケーキを取り出すと、ブッシュドノエルの茶色いクリームに
人差し指を伸ばしては寸前で『きゃっ』と指を引っ込めたりしていました。
「ボク、一番上の切り株と、リスちゃん〜!」
「リスちゃんの家もあげようか?」
「うんっ」
アキラくんはケーキ皿に取り分けられたケーキとリスと家を
うっとりと眺めています。囲碁を打つことで培った集中力は、
生半可なことでは途切れないことを知っている父は、緒方さんを
台所の隅に呼び出しました。
「緒方くん、これは師匠としてではなく――ただの愚かな一児の
父親としてキミに頼みたいことなんだが……」
真面目な顔で切り出す父に、緒方は何も言わず頷きました。
「…木に登って雪を降らすんですね…」
「いや」
ただの愚かな一児の父は厳かに首を振った。
「木は駄目だ。アキラから見えてしまうとも限らない。屋根に登って
くれたまえ」
(4)
「屋根、ですか」
「気をつけてくれたまえよ、緒方くん」
父は緒方さんの肩に両手をポンと乗せました。
「私があと5歳若ければな。キミに頼むこともなかったんだがな。
さあ我々もクリスマスを祝おうじゃないか。ハハハ」
ただでさえ寒々とした台所に父の笑い声だけが虚しく響きます。
緒方さんは眼鏡のレンズを拭う振りをして、いつのまにか目尻に浮かび
上がってきた涙をそっと袖で押さえました。
居間では、アキラくんが相変わらずケーキを熱く見つめています。
ケーキを見つめる傍らで、アキラくんが思い出したようにちょこちょこと
縁側まで歩いて行き、空を見上げては溜息を吐くのが緒方さんにとっても
健気で可哀相に思えました。
「わかりました。アキラくんのため、このオ…私が上りましょう」
その夜、緒方さんは塔矢家の屋根に登りました。
(5)
夕食を食べたあと、父はコタツに緒方さんと並んで寝転んでいたアキラ
くんの両脇に手を入れて立たせました。
「おがたくん、いっしょに入ろう〜。アヒルちゃん見せてあげる」
アキラくんは一週間ほど前に笹木さんからもらったアヒルのおもちゃを
それは大切にしているのです。緒方さんのお泊まりの日は一緒にお風呂に
入ろうと、アキラくんはずっと考えていました。
「アヒルちゃん?」
「お風呂にぷかぷか〜ってしてるの。ゆらゆら〜って」
擬音だらけの説明を一生懸命にしながら、ねえねえとアキラくんは両腕で
緒方さんの右手をひっぱります。
「ふうん……。楽しそうでいいねえ」
アキラくんの熱意に負けた緒方さんが身体を起こすと、今度は後ろから
肩を掴まれて緒方さんはまた倒れてしまいました。緒方さんの腕を持って
いたアキラくんも、緒方さんのおなかの上にころんと転がります。
肩を掴んだのは父でした。
「アキラ、お風呂にはお父さんと入ろう。緒方くんは用事があるんだよ」
「は?」
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