バレンタイン 1 - 5
(1)
店の中にたくさん残ってしまったチョコレートをどうやって片付けようか迷いながら、
俺はおでんの具を保温機の中に突っ込んでいった。
本来なら俺の当番の日ではなかったが、俺は敢えてこの日にバイトを入れた。
――アキラたん、金曜日は…
――あ、手合いと取材が入ってます。
あっさりとした、火曜日の会話が思い出される。
男同士でバレンタインなんておかしいのかもしれないが、俺はアキラのために
ちゃんとチョコレートを用意していた。
そして、1980円のと散々迷って買った2980円の手袋も。
それら全てを否定されたような気がして、俺は内心で拗ねた。
――そう。奇遇だね。俺もバイト入れたんだ。
強がりを言った俺を不審がりもせず、アキラはそうですか、とまたまたあっさりと
頷いたのだった。
(2)
今日は大学が終わって4時に入り、10時に上がるシフトになっている。
その間に売れたチョコレートは2つだけだ。当日になって売れるわけがない。
明日からは残りはワゴンに入れて三割引になるはずだが、バイトの俺にはあまり
関係のない話だった。
保温機の温度を少し上げながら、一緒のシフトの同僚が古くなった惣菜をカゴに
入れていくのや、雑誌を立ち読む客の頭をぼんやりと眺める。
眺めながらも脳裏に浮かぶのは、俺の永遠のスウィートエンジェル・アキラたんのことだった。
「――すみません」
俺のスウィートエンジェルの顔が、そんな無粋な声にかき消される。
はいはい、と思いつつカウンターの上に置かれたものを見ると、本日3つめのチョコレートだった。
真っ赤な包装紙に包まれ、黄色のリボンが巻かれている。
POSに通し、「525円になります」と機械的に口にしながらレジ下にある白いビニール袋を手で探した。
「尚志さん」
(3)
俺はビニール袋を探る手を止めた。
その、アルトの鈴を転がしたようなハスキーでいながら色っぽい声は確かに――
「アキラたん………!」
「こんばんわ」
このおでんくさいコンビニに、俺の天使は確かに降臨していた。俺の目線より8センチ低い
アキラたんの頭部は今日もスペシャルに美しいキューティクルの光を放っていた。
「尚志さんに、チョコレートを渡そうと思って」
…と、アキラは明らかに俺の手の中にある赤い包装紙のチョコレートに視線を投げる。
この、消費税込み525円のチョコレートを。
俺が今から袋に入れるこのチョコレートを。
アキラたんは俺にくれようというのか。
「あ…じゃあ袋は要らないね…」
(4)
いや、だが逢えただけでも。アキラがわざわざこのおでん臭いコンビニにまで逢いに来て
くれたことこそが宝だ。
俺はがっくりと落ちた肩の重みを感じつつも、アキラたんに笑顔を向けた。
「ああ、とっても美味しそうだねアキラたん」
アキラたんが選んでくれたと思うだけで、この真っ赤な包装紙も妙に高級感溢れるものに
思えてきてしまうから不思議だ。俺は礼を言ってポケットに入れる。
しかし、ポケットには他にいろいろ入っていてチョコレートの箱が納まるには窮屈だった。
俺はポケットの中に最初から入っていたいろいろをカウンターに置いていった。
キーホルダー、ライター。そしてレシート等等。
アキラはそのガラクタに呆れたようだったが、クスリと微笑んで、ポケットの奥にある
箱を取り出すのに躍起になった俺の腕をそっと掴んだ。
「あの、尚志さん?それは芦原さんにあげるもので、尚志さん用じゃないんですが」
アキラくんは床においていた紙袋から若干小ぶりの箱を差し出してきた。
「あなたには、これを」
「アキラたん……」
その茶色の包装紙は、コンビニで買えるようなものではなかった。
ほっそりした指に惹かれるように、俺はポケットから強引に箱ごと手をひき出した。
コトっというかすかな音に、アキラはカウンターの上に視線を投げた。
「それは……?」
その瞬間、微笑を浮かべていた目がキリキリと吊り上る。
「誰から告白されたんですか? ――尚志さん」
(5)
「ち、ちがうよアキラたん」
カウンターを挟んで、俺は蛇に睨まれたカエルになった。このチョコレートは店長の奥さんから
もらった義理チョコで、決して俺への恋情が込められたものではないのだ。
だって、たしかこれは309円のチョコだし。
だが、やきもち焼きのアキラの目にはそうは映っていないらしい。アキラは唇を噛み締めると
床においていた紙袋を手にとり、重そうによたよたと自動ドアに向かっていった。
「これは義理だよ!」
「どうだか……!」
俺はカウンターから抜け出すと、アキラたんの肩を掴み、重そうな紙袋を横から取り上げた。
「本当だってばアキラたん」
案の定、その紙袋の中にはぎっしりと派手な包みが入っている。
金銀赤青緑黄色黒。頭の中がハーレーションを起こしてしまいそうだ。
「…じゃあアキラたんは、その数だけ告白されたんだ? アキラたんに告白する奴ってどんな奴?」
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