裏階段 三谷編 1 - 5
(1)
薄暗い明かりの下で、ベッドに横たわる彼のシャツの胸のボタンを一つずつ外した。
(…細いな。)
それが彼に対する印象の全てだった。
アキラも進藤も細身だが、成長期に差し掛かり、会う度に逞しく変化していく彼等に比べると
目の前の少年は同年代でありながら、大人になる為の何か一つをプログラムから
外されてしまっているように少女のような華奢な骨格を留めたままでいる。
威嚇するような、煽情するような派手な赤色のシャツの間から露になっていく肌は
呼吸をする事を忘れているかのように静止して白く浮かび上がり
大人と子供のというより、人と精霊の中間にいるような妖しさを漂わせていた。
(2)
シャツの一番下のボタンを外して視線を彼の顔へ向けた。彼の大きな瞳が視線を反らす方へ
動くのが分かった。彼はいつもそうだった。
こちらが見ていない時はこちらを見つめ、こちらが目を向けると目を反らす。
そういう習性を持つ動物のように。
そのまま無表情にどこか遠くを見ている彼の顔を眺めながらシャツを左右に開いた。
痩せて鎖骨や胸骨の陰影を伴った青白い胸の左右にアクセサリーのように紅く色付いた
小さな突起があらわれる。そのうちの一つの脇には小さく引き攣れた火傷の痕があった。
煙草を押し付けられた痕である事は容易に想像出来た。
(3)
こちらの視線がその火傷に留まったのを感じたのか、彼はそれまで体の両脇に無造作に置いていた両手で
開いていたシャツの前を閉じてしまった。怒ったように背を向けて体を丸める。
「…悪かった。」
仕方なくこちらも起き上がり、彼に背を向けるようにしてベッドの縁に腰掛け、サイドテーブルの上に
置いてあった煙草とライターに手を伸ばす。灰皿もそこにあった。
そんなに欲情していた訳ではない。彼に誘われた訳でもない。
それなのにここにこうして二人で居る事が不思議だった。おそらく彼もそうだろう。
その答えを探すためにここに来た。そうとしか言えなかった。
初めて出会った時から、互いに抱いた予感だったから。こういう時が来るのではないかという。
目の前を揺らいでいた紫煙がかき消え、ふいに彼の両腕が背後からこちらの首に回されて来た。
ほとんどベッドを軋ませず彼は近寄って来ていた。
こちらの関心が自分より煙草に向いたのが気に入らないようだった。
(4)
「別にそれを見たから吸いたくなったというわけじゃない。」
口にしてから、少し酷だったかなと思った。だが彼は特に気にした様子はなかった。
首に巻き付いて来た彼の腕はひんやりとしたいた。
背中に押し充てられた胴体からかろうじて体熱が伝わって来る。
「誤解しないで欲しいんだけどさあ、」
耳元に億劫そうなけだるい口調の声で囁かれる。
「相手は誰だってよかったんだ。」
「そう言ってもらえるとこっちも気が楽だ。」
腕を伸ばしてまだ幾らも長さを変えていない煙草を灰皿に押し付け、眼鏡を外してその横に置く。
彼の方に向き直り痩せた肩を両手で抱き唇を奪う。彼の手がこちらの首元に来てネクタイを外す。
「…フン」
鼻先で笑い、戦利品のように彼は奪ったネクタイを指先に絡めてかかげ、ベッドの脇の床に落とした。
お返しに彼の体を倒してやや乱暴に彼の衣服を剥ぎ取る。
煙草が押し付けられた痕は他に下腹部に数カ所あった。その中の2ケ所は、まだ幼さの形状を残す
局部の付け根近くと先端部分にあった。
それらに視線を留めないようにして彼の体の各箇所にキスを重ねた。
(5)
火傷の痕は痛々しいとは思ったが、可哀想だとは感じなかった。
彼が自分の体に負ったものは彼の事情だ。こちらには関係がない。
傷がつけられる前に救ってやれなかったのなら同情は意味がないのだ。
耳たぶに唇を寄せると微かにコロンの香がした。安っぽい匂いだったが悪くはなかった。
塞がりかかったピアスの穴の痕があった。軽く噛んで舐めてやった。
「最近の高校生は随分オシャレなんだな。」
温度の低い肉片から首筋へとキスを移動させる。
「…無理矢理開けられたんだ。ヤだって言ったのにさ。」
確かに彼の華奢なパーツ一つ一つは顕微鏡で見た繊細な雪の結晶のように思わず無骨な指で
粉々にしてみたくなる衝動にかられる。
「相手は穴を開けただけでピアスは買ってくれなかったのかい?」
「変態野郎だったからな。他のとこにも穴を開けたがったから逃げた。」
「…賢明な判断だったな」
余分な会話をさせたおわびに彼の顎に手をそえて丁重に彼の唇にキスをする。
はじめのうちはソフトに触れあわせる程度にした。その間、節目がちではあったが彼は
目を閉じようとはしなかった。ただやはりこちらと視線は合わせようとはしなかった。
直前まで噛んでいたガムの味がした。徐々に重なる部分を増やして舌を送り込む。
「ん…」
向こうの舌を捉えて激しく吸いたててやるとようやく目蓋を強く閉じてそれらしい表情と
吐息になった。彼の口の中から吸い取っただ液を返すように押し込んでやると
意に介さず彼はそれを飲み下した。
そうなりながら彼の手が動いてこちらのシャツのボタンを外しにかかる。
その両手首を掴んでベッドに押さえ付ける。
先刻までよりは幾らか彼の体温が上がり呼吸が荒くなっていた。
火傷の痕が残っている方の小さな突起を脇からすくうように舐めてやった。
ピクリと一瞬彼の体が浮き上がって小動物のような小さな鳴き声が聞こえたような気がした。
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