誘惑 番外 1 - 5
(1)
「塔矢を待ってるんだ。」
言ってしまってから、進藤はしまった、と言う顔をした。正直な奴だ。
なんだ、そうか、とオレは思った。
結局よりを戻したのかよ。
そして今日見た塔矢を思い出した。
今日の塔矢は、今までにないくらい何だか凄い存在感があって、オレだけでなく、そこにいたみんな
が気圧されしてた。
今朝、対局前に控え室で始まるのを待っていた時だ。
なんとなく周りがざわついた気がして、何だろうと思ったら塔矢がいた。
どくん、と、心臓が嫌な感じで脈打った。
先日の招待試合では惜敗したが、それも奴の存在に更に磨きをかけたようで、部屋にいる誰もが奴
に圧倒されていた。普通に歩いて、普通に立ち止まって自分の場所を確認して、それだけなのに、
そこにいる誰もが会話を止めて、奴の動きを目で追っていた。
前から目立つ奴だった。それは奴の風変わりな髪型とか、人目を惹く容姿だとかだけではなく、才能
と言うヤツが放つオーラって言うんだろうか。
それとも、いつもすっきりと伸ばされている背中が、余計に人目を惹くのだろうか。
(2)
でも、少し痩せたみたいだ。
そう思ったオレはそのままスーツの下の身体を想像してしまって、咄嗟に塔矢から目をそらせた。
それでも想像してしまったらそれはリアル過ぎて、どくどくと血が集まるのを感じてしまって、オレは
顔を歪めた。
元々細身の身体が更に薄くなって、白い背に浮く肩甲骨の陰が目に見えるような気がした。
あの時オレは、女みたいに白い肌が興奮に紅く染まっていくのを感嘆するように見ていた。滑らかで
オレの手に吸い付くみたいな肌触りは、触った事もないような不思議な手触りだった。アイツの高い
声は扇情的にオレを煽り、抱きしめたアイツの体全体から甘い香りがするような気がした。
どくん、と身体の中心が脈打つ。
ヤバイ。
ここをどこだと思っているんだ。何を考えているんだ、オレは。
これから手合いだぞ。
こらえようとして噛み締めていた唇を噛み切ってしまったらしくて、ピリッとした痛みと血の味を感じた。
その味に、オレはまた塔矢を思い出してしまう。
アイツに噛み切られた舌は、あんなに血が出て痛かったのに、考えたよりあっさり直って気が抜けた。
その日はさすがに何も食う気になれなかったけど、翌日からは何か食べようとしてから、あ、いたた、
って感じで痛みを思い出すくらいで、忘れてたことにショックを受けたくらいだった。
それでも、何か食べたり飲んだりして痛みを感じるたびに、オレは塔矢を思い出してた。
オレを殺しそうな勢いで睨みつける塔矢。
思い出しただけで背筋がゾクリと震えて、恐ろしくて、なのに煽られたように血が滾る。
殺されてもいいと思った。いっそ殺されてしまいたかった。
その瞬間だけは、アイツの目には他の誰でなくオレが映ってるんだと思うと、それだけでゾクゾクした。
ダメだ。オレは何を考えてるんだ。こんなで対局なんてできるはずが無い。
回りに気付かれないように何気ないフリをしてオレは控え室を抜け出した。
(3)
もう何度こんな事を繰り返したろう。
今朝もだ。
今日の手合いには塔矢も出てくる。そう思ったせいか、オレはまた塔矢の夢を見てしまった。
何度もみる夢だ。
夢の中で塔矢がオレを見ている。
キミなんか大っ嫌いだ、そう言いながら流れる涙を止めようともしないで、詰るようにオレを見ている。
泣くな、塔矢。頼むからそんな風に泣かないでくれ。そう思いながらアイツに腕を伸ばすと、アイツは
縋るように抱きついてくる。
その瞬間、オレはオレじゃなくなって、オレは泣いてる塔矢と塔矢を抱いている誰かをどこかから見
ている。その相手は進藤だったり、緒方だったり、顔も見えない誰かだったり、でもオレだけでない
ことは確かで。
その誰かは塔矢を宥めるようにキスする。
塔矢は縋るように甘えるようにその誰かに身体を預け、誰かの手が塔矢の身体を強く抱きしめると、
塔矢は涙を流しながらそいつに抱きつく。オレの前では絶対に見せない顔でそいつに抱きつく。
やめろっ!
そう叫んで塔矢の肩を掴んで、ヤツの身体を誰かから引き剥がす。
振り向いた塔矢は、それまでとは別人のような冷たい目で冷ややかにオレを見返す。
怖気づいたように何も言えずにいるオレを見て、アイツは嘲るような笑みを浮かべる。
塔矢の真っ黒な目がオレを飲み込むように近づいてくる。濡れて黒く光る塔矢の目に、底の見えない
深い闇のような瞳の色にオレは怯えて後じさる。
オレは塔矢の目から逃れようと顔を背け目を瞑る。
やめろ、塔矢、やめてくれ…!
オレに向かって伸びる手を振り払って悲鳴をあげ、自分のその声でオレは目を覚ます。
心臓がばくばくと震え、全身に嫌な汗をかいている。
(4)
別の夢では、塔矢が誰かとヤってるのを、やっぱりオレはどこかから見ている。
それは塔矢が誰かに抱かれてる時もあれば、塔矢が進藤を抱いている時もあった。
きっとそんな夢を見てしまうのは、塔矢が進藤を抱いてキスしてるのを見てしまったから、そして
それを煽るようなヘンな小説もどきを読んでしまったからなんだろう。
夢の中で、塔矢の手は進藤の身体の上を這い回る。それに応えるように進藤が女みたいな声を
出してよがってたり、どっかのAVで見た女がやってたみたいに塔矢が進藤のをしゃぶってたり、
逆に進藤が塔矢のをしゃぶってて、塔矢が恐ろしくカンジてるって顔で進藤の頭を押さえつけて
いたり。そうかと思えば、二人で絡み合っていやらしく腰をくねらせていたり、オレが塔矢にした
みたいに塔矢が進藤を攻め立てて、進藤が蕩けるような表情で塔矢にしがみついていたり。
目の前でケダモノみたいに絡み合う二人にオレは興奮する。
ホモなんて気持ちわりぃ、そう思ってたはずなのに、男同士の身体が絡み合っているその映像に
オレは興奮する。
荒くなりそうになる息を押さえながら食い入るように見ていると、ふと塔矢がオレに気付いて、進藤
を抱いたまま、オレを挑発するような、誘惑するような、凄絶な笑みを浮かべる。
飲み込まれる。喰われてしまう。そう思いながら、オレはアイツの目に逆らえずにふらふらと近づい
て行ってしまう。塔矢の手がオレを捕らえ、塔矢の唇がオレの唇を塞ぎ、熱い舌がオレの中に侵入
し、熱い身体がオレの身体に絡みつき、恍惚に脳髄がとろけそうになった瞬間、強烈な痛みがオレ
を襲ってオレは悲鳴をあげる。
自分の絶叫にオレは目を覚まし、布団の上でがくがくと震える。
塔矢をヤッちまったのはオレの方なのに、どうしてこんなオレがヤられたみたいな夢を見るんだ。
理由はわかってる。
ネットで見たあのヘンな小説のせいだ。
(5)
そう言えばあのスレッドはどうなったんだろう。今でもあれは続いてるんだろうか。あの話の続きは
どうなっただろう。
一度、思い出してそこを見にいった時は何だか荒れてて、イヤな感じがして、ちゃんと内容を読む
気にもならなかった。そして次にそこを見にいった時にはそのスレはもうdat落ちしてた。次スレを
捜してみたけど、趣味板の中には見つからなかった。
あんなエロいのがこんな普通の板にあった方がヘンなんだから(荒れてたのもそのせいだったん
だろうか)、アダルト系の板に移ったのかもしれない、そう思って探してみたけど、やっぱり見つか
らなかった。
それともあのスレが、あのヘンな話が、そもそもマボロシだったのかもしれない。
あんなものを読んだりしなければ、塔矢にあんな事をする事もなかっただろうに。
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