朝の挨拶 1 - 5


(1)
「んあぁ……」
ここ、どこだっけ。真っ暗。まだ夜?
違う。そうだ。ホテルだ。カーテン閉めてるから暗いんだな。
ホテルのカーテンってどーしてこんなに暗いんだろう。もう朝だよな……
7時かぁ。まだちょっと早い気もするけど、目ぇ醒めちゃったし…
そだ。トイレ行きたい。

ガチャッ!

んん?なんでカギかかってんだよ?
え?しかもなんか中からうめき声みたいなのが……
あ、そっかぁ、そうだ。今回は塔矢と同室だったんだあ。
つーか、塔矢の奴、朝っぱらからメシも食わずに踏ん張ってんじゃねぇよ!
オレはしょんべんしたいんだよ!

ドンドンドン!
「おい!塔矢!早く出ろよ!」

返事が無い。
「早くしろよ!塔矢!!」
ムカついたので、急かすようにドアを叩き続けると、やっと、ザーッ!トイレの水を流す音がして、それから手を洗う音がした。
それから、内側から「うるさい」と不機嫌そうな声がして、ドアが開いた。


(2)
「キミ、朝から随分と元気だな…」
うわっ!
のそっと出てくんじゃねぇよ!びびるじゃんか。
てか、塔矢って意外と体格いい?
浴衣からのぞいた胸元とか……チクショウ、ちょっとドキッとしちゃったじゃねぇか。
塔矢って、細っこく見えるのに、オレと大してかわんねぇと思ってたのに、なんか詐欺くせぇ。
「なんだ、じろじろ見て。」
ドキッ!
「な、何でもねぇよ!」
塔矢を押し退けてバスルームに入って、オレはやっと目的を果たして、ほーっと息をついた。

なんか、違和感。
なんか、ヘンな感じがする。なんでだろう。
入ったときに、あれ、ヘンだなって思ったんだ。何でだったんだろう。
そうだ。
臭いがしなかったんだ。
だってアイツさ、踏ん張ってたみたいだから、後から入って臭かったらやだな、とか思ってたのに。
てか「朝っぱらからンコしてんじゃねーよ!ウンコ垂れ塔矢!」とか言ってからかってやれ、と思ってたのに。
まさか囲碁界の貴公子塔矢アキラサマはウンコも臭くねえのか?
いや、いくらなんでもそりゃないだろう。
いや、何となく、でも別の臭いがするような気も……これって何の臭いだっけ?


(3)
「塔矢…おまえ、さっき何してたの…?」
「なにって、そりゃ、」
口篭りかけた塔矢をじーっと見詰めてやると、塔矢はぷい、と顔を逸らせて不機嫌そうに言った。
「言わせるなよ、そんな事。」
…?なんだ?この反応。照れてる、ってのはちょっと違うような。
てか、コイツのこんな顔、初めて見たような……
「だから、何してたんだよ。」
詰め寄ると、塔矢はしつこいな、という様な目でオレを見て、言った。
「悪かったよ、同室の人がいるのにする事じゃなかった。
キミがトイレを我慢してたって言うのに、呑気に一発抜いてたボクが悪かった。
済まなかったよ。」

ああ!?今、なんて言った?
『一発抜いて』?
おい待て、コイツは本当に塔矢アキラか。誰かと入れ替わってるんじゃないか。
言うか?塔矢が、こんな台詞。
大体、それって、いわゆる、えー、オ、オナ………と、塔矢が……?
「何をそんなに驚いた顔してるんだ。普通だろ、キミだって……」
「ふ、ふつーって、そ、そ、それ、」
なんか、オレはどもってしまった。
あまりにも何てーか意外ってか、イメージと違うって言うか、やっぱり塔矢もオトコだったんだって言うか、
「フツーなの?それって。」
「普通だろ。」
何をそんなに驚いてるんだと言うように、塔矢がオレをチラリと見る。
そしてちょっと首を傾げて、こんな事を言いやがった。
「まさか…進藤、自分でした事ないの?」


(4)
うっ……なんだよ、その言い方。
「なっ、なんだよっ!おかしいかよ…っ!」
「いや……ふうん、」
……仕方ねぇだろ…オレには特殊な事情があったんだ。
って、誰にも、特に塔矢には言えっこないけど。
だって、できるかよ?四六時中他人、つーか幽霊と一緒にいてさ。
「クス、」
な、なんだ、その笑いは。
わ、今、なんかすごーくヤな感じに目がキラッと光ったんですけど。
えーと、塔矢?おまえ、何考えてる……?
「教えてあげようか?」
「お、教えてって、何を。」
「マスターベーション。やったことないんだろ。」
「い、いい…そんなの……」
「遠慮しなくていいよ。」
「遠慮なんかしてねえ!」
「いいから、ホラ、」
がしっと腕を掴まれて、ヒカルは慌てた。
「はっ!放せよ…!」
何で、コイツこんなに力強いんだよ!見た目はオレと同じくらい細っこいくせに!
そのままベッドまで引き摺られ、ドスン!と強引にベッドの端に座らされると、塔矢に抱え込まれるような格好になってしまう。
「手ぇ放せよ!」
振り向いて、掴まれた腕を見て、ちょっとぎょっとした。


(5)
オレの手首を掴んでいる腕は、思った以上に逞しく筋肉がついていて、なんか、オレの腕とは全然違う。
「と、塔矢って、なんかスポーツとかやってんの?」
「なんだ?唐突に。」
「いや、何か、おまえって見た目より……」
「週二回、スポーツクラブには通ってるけど。」
「え、そんなん行ってんのか。」
「強制的に運動しないとどうしても運動不足になるだろう。
いつもは碁盤の前に座ったきりで動かないし。」
後ろからクスッと笑うのが聞こえた。チクショウ、今、オレの事、バカにして笑ったな。
「キミは見た目通り中身も細そうだよね。」
「うわああっ!」
い、いきなり腰かかえるんじゃねぇ!
てか、なんか情けねぇ…オレ……
「キミももう少し鍛えた方がいいんじゃないか。
どうせ学校にも行かないからって仕事の無い日はゴロゴロしてるんだろう。
対局は傍目以上に体力を使う事ぐらい、もうキミだってわかってるだろう。
精神力と共に体力は重要だよ。」
そう言いながら塔矢はオレの肩から腕を掴む。
「女の子じゃあるまいし、腰は細いし、肩も胸も薄いし、」
「バ、バカにすんな!オレは女じゃねぇぞ!」
「当たり前だ。女の子だったらもっと柔らかくて抱き心地がいいよ。
それにいくらキミが華奢だからって、女の子はこんなモノついてないだろ。」
うわあっ!そんなトコ、触るな!!
「教えてあげるって言ってるだろ?大人しくしろよ、進藤。」



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