アシタへカエル 1 - 5


(1)
「ゴメン、塔矢」
お盆が終わった翌日の早朝、進藤が突然ボクの家へ来た。
ここ2、3日ずっと、東京は雨で肌寒いというのに、傘もささずにずぶ濡れで現れたので驚いた。
両親が旅行に行っている間でよかった。もし両親がいたら何か詮索するかもしれない。そう思うほど、進藤の顔色は蒼白で、沈痛な面持だった。
急いでシャワーを浴びさせ、着替えさせた。
「ホットミルクでも飲まないか? 体が温まるよ」
「・・・・・・アリガト」
ミルクを渡すと、か細い声で返事が返ってくる。こんなにも気落ちした進藤は久しぶりだった。
ボクは何がそうさせるのか理由を聞きたかった。けれど、口を開けば今にも泣き出してしまいそうな顔を見ていると、怖くて聞けない。
ボクは進藤が自分から口を開いてくれることを待ち望んだ。
一口二口とミルクを飲んだ進藤は、それっきりうつむいて動かなくなった。
それは泣くのを我慢しているようにも見える。
「進藤、今から一局打たないか?」
進藤を包む悲しみから解放してあげたくて、少しでも気を紛らわせてあげようと声をかける。しかし進藤は何も言わない。
こんな時、ボクは自分をひどく責めてしまう。せっかく自分を頼ってきてくれたというのに、ボクがしてあげられることは何もないような気がしてならない。
「・・・打とうか、塔矢」
ためらいつつも、進藤はやっと顔を上げてくれた。ボクはうれしくなって碁盤を用意した。


(2)
「お願いします」
そう言うと黒である進藤は、迷うことなく右上スミ小目へ打った。
それにもしかしてと思い打ってみる。すると予想通りの所へ打ってきた。それは進藤と初めて会ったときの対局と同じ盤面だった。
一つ石が増えるごとに、当時の記憶が鮮明に甦る。
進藤はいったい何を望んでいるのだろうか。ボクはそれが知りたくて、進藤に付き合った。
しばらくすると進藤が突然せきを切ったかのように泣き出した。
ボクは無言でその様子を見守ることしかできない。
「塔矢・・・オレのこと、抱いてくんない?」
進藤の突然の頼みにボクは目を丸くした。
進藤と寝たことはあるが、自分から誘ってきたのは初めてだったからだ。
「なぁ、抱いてくれよ。何もかも忘れられるくらいにさ。・・・もう何も考えたくないんだ」
進藤はそう言うと、碁盤を押しのけてボクに飛びついてきた。ボクはそんな進藤をただ抱きとめることしかできない。こんな状態の彼を抱くことなどできないでいた。


(3)
「お願いだから・・・お願い・・・だから」
呆然としているボクの目の前で、進藤はそう言いながら着ていた服を脱ぎ捨てる。
目に涙をためて懇願されると、さすがに自制がきかなくなる。
ボクは進藤にとびついた。そして待ちきれなかったかのようにお互いを貪るようなキスを始めた。
進藤はなぜか積極的だった。いつもなら恥ずかしがって嫌がるキスも、自分から求めてくる。それに押されて覆いかぶさられるようにボクは横になった。
進藤はゆっくり口をはなすと、ボクのズボンに手をかける。そしてそこからボクのモノを取り出すと舐め始めた。
「し・・・、進藤!?」
初めてのことにボクは驚きを隠せない。それはいつもボクが進藤にしてあげることであって、ボクがしてもらうことではなかったからだ。
小さな口をめいいっぱいあけて、子猫のようにペロペロと舐めてくる。
ボクはその気持ちよさに酔いしれてしまった。
なんだか今日は進藤に犯されているような気分だ。
進藤の好きなようにさせてあげようと思った。これで進藤の気が晴れるのなら本望だからだ。そのためならボクは惜しまずこの身をキミに捧げよう。
そうこうしているうちに、進藤はボクの上にまたがった。そしてボクのモノを持つと自分でそれをあてがった。
「・・・・・・んぁっ・・・・・・あ!」
かすかなあえぎ声でなく。ボクはあまりの積極さに呆然とその様子を見ていた。
進藤は自分で腰を振りながら感じている。
あまりにも激しく動くので、進藤のモノがボクの腹の上で上下に大きく揺れるのが見えた。
進藤は苦しそうに息を荒げていたが、なおも激しく求めてくる。
なぜだか、その姿は切なく見えてならない。
ボクはそれに応えてあげなければと、思い切り腰を突き上げた。
ああぁっと大声をあげると、進藤はもっととせがんできた。ボクは何度も突き上げる。
その度にあげる甘い声に、ボクは夢中になり起き上がると、進藤を横にして攻め続けた。
本当ならもういやだと言って泣く頃だろう。進藤はあまり激しいプレイを好まない。それなのにボクはいつも進藤に無理をさせてしまい、怒らせてしまうのだ。
それなのに今日はもっともっとと言うばかり。このままでは進藤の体が壊れてしまうのではないかと危惧しつつも、ボクは何も考えられないくらい進藤を求めてしまった。


(4)
案の定、進藤は体がもたず、悲鳴をあげて倒れてしまった。
疲れからぐったりとして眠っている。
顔をよく見たくて、顔にかかっている髪をかきあげてみる。すると今まで気づかなかったが、目の下にはうっすらとくまがあり、頬が少しこけているように見えた。
もしかしたら最近ずっと眠っていなかったのかもしれない。
「なんでこんなになるまで・・・。キミはいったいどうしたんだ?」
どうしようもない不安から、進藤を抱きしめる。するとこんなにも細く小さかったのかと思えるほど、進藤はやせていた。
「・・・ぁ・・・・・・・」
進藤が何かを言う。ボクは慌てて顔を上げた。
「・・・ぁい・・・」
呪文のように進藤の口は何度もその言葉を言った。閉じた目から涙が流れ落ちる。
怖い夢でも見ているのだろうか。ボクは進藤の手を握った。
「佐為っ!!」
そう言って進藤は目をさます。
「sai!?」
ボクはその名前に驚き、進藤の顔を見つめた。
進藤は息を荒げてくうを見つめている。そして握っている手を見ると、目を閉じて泣いた。
「・・・なんだ、塔矢か」
自嘲するかのようにそう言った。ボクは何がなんだかわからなくなった。
「やっと・・・つかまえたと、思ったのに・・・」
進藤はそう言うと、ボクに甘えるように抱きついてきた。
そんな進藤の頭をなでる。シャンプーのフローラルな香りがする。ボクはその頭に頬をよせた。


(5)
今の状況を理解することができない。進藤の落ち込みようは尋常ではない。だがそれとsaiがどう関係あるというんだ? そんな疑問が頭をかけめぐる。
そこへ進藤は切なそうに口を開いた。
「・・・お盆、終わっちゃったな」
ボクはそうだねと言うしかなかった。
「なぁ、塔矢。お盆て本当にあの世から霊が来るのかな」
「え?」
「来てんだったらさ、顔くらい見せろって・・・。ずっと待ってんのにさ・・・」
そう言うと、ボクに顔を押し付けて泣きだした。
誰か亡くなられたのかと聞こうと思ったがやめた。
何の根拠もないが、進藤の悲しみの源がそこにあると確信したからだ。
「なんか、あれだね。大切な夫を亡くして悲しむ未亡人みたい」
少しでも重い空気が軽くなればと思い、ボクは冗談交じりに言ってみた。
「オレが? ・・・なんだ、それ」
進藤は笑った。
少しでも笑ってくれたので、ボクは安心した。
「塔矢、サンキュ。おまえがいてくれてよかった」
進藤は幾分吹っ切れたかのような顔をすると、散らばっている碁石と碁盤を見つめる。
「塔矢、またあとで打とうな」
「ああ」
進藤はそう言うと、深い眠りについた。ボクは守るようにぎゅっと抱きしめた。
進藤がもう、悲しまないように・・・。

                                   (終)



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