チャイナ(タイトル未定) 1 - 5


(1)
久し振りに会えた喜びから、何となく二人とも浮かれていた。
アキラが台所から一升瓶を持ってきた時、ヒカルは一瞬ぎょっとしたが、
塔矢に誘われると、お酒を呑んでみたいという誘惑と、
アキラが呑めるのに自分が呑めないのは癪だという意地が勝った。
塔矢夫妻は海外に赴いていて、幸い見咎められる事はない。
かくして、一升瓶の中の液体は既に残り少なくなっていた。
身体中が妙な火照りと浮遊感で満たされ、ヒカルの視界はぐるぐると回っている。
「進藤、大丈夫か? 少し休む?」
問いかけるアキラもかなり酔いが回っているのか呂律が怪しい。
「はは、へーきへーき!」
ヒカルは陽気に笑って腕を振り回した。
と、そのヒカルの腕が側にあった紙袋を倒した。
「れ、なんだこれ?」
いつもならそんな事はしないだろうが、アルコール浸透度90%強のヒカルは本能通りに動く。
袋からはみ出たそれをずるずると引っ張り出した。
「………チャイナドレス?」
色彩鮮やかなそれは見紛う事なきチャイナドレスだ。
だが、それはヒカルがよく見かけるものとは違い、縫製がかなりしっかりしているみたいだった。
濃紺地に金糸での刺繍が鏤(ちりば)めてあるそれは、ヒカルの目にとても綺麗に見えた。
「なんでこんなもんがお前の部屋にあんの?」
「お母さんが中国土産にって……」
アキラがげんなりとした顔をしている。
「へ? お前に??」
「可愛いからつい買っちゃったのはいいけど、自分は着られないからって…。
 だからってボクが着れる訳でもないのにね」
「……っぷ……あは、あはははははっ」
ヒカルはロングのチャイナドレスを着たアキラを想像して笑った。
「いーじゃん、着てみろよ。新境地を開拓出来るかも知れないぜ」
笑いを引っ込めもせずヒカルは腹を抱えながら言う。
「御免被るね。新境地を見い出したいのなら君が着てみたらどうだ?」


(2)
「なんでそーなるんだよ。オレはオマエの話をしてんの!」
ヒカルはぷうっと膨れて、更に紙袋の洋服を取り出す。
そしてピンク、赤、白の華美な中国服が次々と畳の上に広げられた。
紙袋にはまだ数着残っている。全て女物である事は言うまでもない。
「塔矢……オマエのお母さんってさぁ……」
「……あの人はしっかりしているようで、かなりボケた所があるんだよ」
アキラは遠い目をして言った。こういう事は一度や二度ではないのかも知れない。
だが多分塔矢元名人も一緒に買い物をしていただろうに、妻がこの歳になって
(といってもアキラの母は女優のように美しかったが)チャイナドレスというものを喜々として買う
状況に何の違和感も感じなかったのだろうか。
サイズの事はさておき、どう考えても何着も購入するようなものではないような気がする。
かといって、ヒカルもあかりの買い物に付き合った時は、彼女が似たような服ばかりを買っていた
ような気がするので、意外とそんな事は関係ないのかも知れないとも思った。
ふと隣を見ると、アキラもしげしげとチャイナドレスを眺めている。
四つん這いで寄ってきたアキラの髪は頬にかかっていて、その隙間からほんの少し耳が覗いていた。
「オマエってやっぱキレー……」
ヒカルがぼうっと見遣ったままいうとアキラはあからさまに顔を顰めた。
「そんなことしみじみといわれても嬉しくない」
「なんで。別に貶してる訳じゃないだろ」
不愉快極まりないといったアキラの口調に思わずむっとなって言い返す。
「じゃあ……キミは、すごく可愛いよ」
「……嬉しくない」
じゃあ、の後、一瞬の間を置いてハッとするような優しい声で紡ぎ出された言葉は
ヒカルを複雑な気持ちにさせた。
アキラの深く優しい声を聞けるのは珍しいので、耳には心地いい。
だがいわれている内容がヒカルをげんなりさせる。
「だろ?」
「でもっ、『可愛い』ってのは女に使う言葉だろ! そんなん当り前じゃねぇか!」
「君の考え方でいうと『綺麗』でも大差はないように思えるが?」
ヒカルはうっと詰まった。


(3)
「まあ、どっちにしろ『女に使う言葉』っていうのは偏見だね。君だって赤ん坊や動物を見たら
可愛いって言うだろう?」
「それは……まぁ、そうだけど」
所詮口でアキラに適う訳がない。ヒカルは不満を残しながらもぐっと押し黙った。
「別に君の考え方を否定してる訳じゃないよ。気に触ったのならすまない」
「んー……いい」
囲碁の事以外だと意外にもアキラはあっさりと引いてくれる所がある。
だからヒカルもそんなアキラの対応に不機嫌を持続させる事はなかった。
「でも、ちゃんと見ていなかったんだけど、綺麗なものだね」
「ん? ああ、女の服って綺麗だよな、色々あるし」
服一つで女性の印象がとても変わってしまう事をヒカルはよく知っている。
少し前に学校の帰り際にヒカルの家によったあかりの高校の制服姿は、ヒカルの良く知っている
幼馴染みを急激に変化させたように見えた。
「な、やっぱり着てみねぇ? オレ塔矢がこれ着てるとこ見てみたい」
「嫌だ。断固として拒否する」
「いいじゃん。ケチケチすんなよー。なぁー、なあってばー」
ヒカルは酔っ払い特有の頑固さと執拗さでアキラに絡んできた。
腕にしがみついて離れないぞという意思表示を懸命にしているその姿は一種可愛らしくもあった。
「………泣くぞ」
言いながらヒカルの目尻にはもう涙が溜まっている。
酒に弱い事は呑み始めた直後に解ったが、ここまで困った酔っ払いになるとは思わなかった。
泣く子とヒカルには勝てないと常々自覚しているアキラはふと畳の上のチャイナを見た。
「わかった。わかったよ。……その代わり条件がある」


(4)
「へ? 条件……?」
一瞬、顔に広がりかけた笑みが消え、ヒカルはきょとんとする。
「そう。キミもこれを着るんならボクも着てもいいよ」
「ぅえ……マジ?」
「じゃなきゃ着ない」
即答すると、ヒカルは眉を顰めたままう〜と考え込む。
アキラはこれでヒカルが前言撤回すると思ったのだ。
だが。
「ま、いっか。誰が見てる訳でも無いんだし」
ヒカルはあっけらかんと笑って、じゃ、どれにすんの?と散らかったチャイナドレスを物色し始めた。
普段のヒカルなら、きっと話は流れていただろうに、侮り難しアルコールの力。
そう思って後悔するも時既に遅し。
アキラの中にチャイナドレス姿のヒカルを見たいという好奇心は確かにあったが、
自分がそれを着なければならないという羞恥には勝てなかった。
だからあんな提案をしたというのに。とんでもない誤算だった。
横目で見ると、ヒカルは満面の笑みを浮かべてチャイナドレスを選んでいた。


(5)
「オマエ、これな。うん、絶対似合う!」
自分の見立てに間違いはないと言わんばかりに、ヒカルは自信満々に胸を張っている。
それは最初にヒカルが取り出した濃紺のチャイナドレスだ。
ロングのそれには、大胆なスリットが入っていた。
約束をした限りは諦めるしかない。アキラは渋々そのチャイナドレスを受け取ると、
自分もヒカル用のチャイナドレスを選び始めた。
そして、ある一枚にアキラが手を止めた。
「何々? 決まったの? どんなやつ?」
野次馬根性丸出しのヒカルがアキラの手元を見てうっと固まる。
「………これ?」
アキラは無言でこっくりと頷いた。
それは薄いピンク色の、ミニチャイナだった。



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