悪代官−真夏の企み 1 - 5
(1)
「進藤、いい加減に機嫌直してよ」
「………」
ボクと進藤は今、八王子の夏祭りに来ている。
地元だといつ何処で棋院の者に鉢合わせするか分からなかったし、増してや和谷などの進藤の友達に会ってしまっては、
一緒に回るとか言って邪魔をされかねないからだ。
せっかくのこんな可愛い進藤は、他の誰にも見せたくない。だって進藤は今…。
「進藤、悪かったよ。ごめん」
「……」
ぷうっと頬を膨らまし、ボクを大きなクリクリとした瞳で睨む。はっきり言って全然怖くない…と言うか、寧ろ可愛い。
進藤は今、赤い生地にピンクや紫などのハイビスカスの花がプリントされた、それはもう可愛らしい浴衣を着ている。
…正確には、着せられている、だが。
事の始まりは一昨日の大手合の日。対局をお互いに終え、碁会所に向かおうと歩いていたら。
「なあなあ塔矢ぁ、夏祭り行かねえ?明後日に八王子ででっけえお祭りがあるんだってさ!」
「え?お祭り?」
「うん!へへっ俺さ、屋台の食べ物大好きでさー!花火もあるみたいだし…ダメ?」
ダメな訳が無い。進藤の甘えたようなこの声!!口元!!仕種!!
全てがボクを刺激するんだ…。本当はお祭りとか、そういう人込みは好きではないが、進藤が望むなら何処へだって…そう、アフリカの奥地や南極にだって行ける気がする。
ボクはニッコリ笑いかけ、進藤の頭を撫でながら返事した。
「うん、いいよ。」
「えっホント!?やったあ!よし、ヤキソバだろー?タコ焼きだろー?
焼鳥にとうもろこしに、あっ綿アメ!あとりんご飴にじゃがバターに!」
おいおい、そんなに食べるつもりか?進藤…。
まあいいけど、くれぐれも太らないでね。ボクは横綱のキミだけは見たくないから…。
「さっ、早く行こうぜ塔矢!」
進藤が明るく笑い、ボクの手を引っ張って歩き出した。
(2)
「ああ〜お代官様ぁ〜およしなはれ〜!」
「よいではないかよいではないか」
次の日の夕方。
ボクがテレビの電源を入れると、そこには着物の帯をぐるぐると取られていく遊女の姿が。
おそらく水戸○門か遠山の○さんだろう、ありきたりな時代劇のワンシーンだ。
「…待てよ?着物…?」
悪徳代官が女の帯を相変わらず楽しそうに引っ張っている。
それを見て、ボクは最高に素晴らしい事を思い付いた。
「そうか…これだ…!」
よし、早速準備だ!女用の浴衣を調達しなくちゃ。確かお母さんの箪笥に昔入ってた記憶があるな。ボクはお母さんの目を盗み、箪笥の中を開けてみた。
「あった!」
我が母ながら、ミーハーだなと呆れてしまった。だってそこに入っている着物や浴衣はどれもこれも色が派手だ。オバサンにはどう考えても似合わない。いや、それどころか、いくら若くても地味な顔には似合わない。それぐらい母の着物は派手だった。
「進藤ならどれを着ても着こなせるだろうな。」
そう言いながら、ボクは浴衣を吟味し始める。黒地に金色のラメ(だっけ?)が施された生地や、濃いピンク地に花火の模様が描かれた生地。どれも進藤に似合いそうだ。
そして小一時間程考えに考えた末、ボクは赤い生地を選んだ。
「これが進藤に一番よく似合いそうだな、決めた」
ちなみに帯は光沢のある黄色い生地を選んだ。以前町中で進藤似の可愛い子が、赤と黄色の組合せの浴衣を着ているのを見たからだ。
(3)
後片付けを終え、お母さんの部屋から出ると、ボクは一直線に電話に向かう。もちろん掛ける先は進藤の携帯だ。
プルルル…
コール音が響くとすぐに、進藤の明るい声が耳に届いた。
「もしもしー?」
「あ、進藤?ボクだけど。あのさ、お、お祭りの日は…ふ二人共浴衣を着ないか?」
ファッションに興味の無い塔矢がこんな事を言うなんて…と不審がられたらどうしよう。なんとか落ち着いた声で淡々と話すのだが、今握り締めている浴衣に身を包む可愛い進藤を思うだけで、ボクはかなり興奮してしまっている。だからなのかボクらしくもない、二回も吃った。
「うん、いいぜ!あ、でも俺の浴衣、もう小さくて入んねぇかも…」
「大丈夫、うちにい、いっぱい、ああるから」
「そっかあ、分かった!んじゃお前んち行ってから一緒に行こうな!!」
「う、うん!」
あわわ…またどもってしまった…でも進藤ってやっぱり鈍いな。どうやら取り越し苦労だったようだ、全くボクの企みに気付く様子は無い。進藤のそういう処、大好きだよ…。
−当日−
「おーっす!塔矢!来たぜ!」
遠慮のカケラも感じさせず、ズカズカと人の部屋の中に入って来た。そんな子供らしい進藤に愛しさを感じつつ、ボクは早速計画を実行に移す事にした。まずは…
(4)
「進藤、汗掻いてるね?…シャワー浴びなよ」
「え?」
「まだまだお祭りまで時間あるし、ね?」
「え、でも…」
「いいから、ほら」
半ば強引に進藤を風呂場に押しやり、シャワーを浴びさせる。そして風呂場のドア越しに進藤に呼び掛け、着替えの浴衣は棚の中だよと告げた。
「よし…これでいい」
実は計画と言ってもこれだけだ。ボクは一人拳にガッツを作り、自らも紺の浴衣に袖を通す。
鏡に映る自分の姿は格好良く、我ながら浴衣がよく似合うヤシだなと思った。普段は服装には無頓着だが、やはりボクは相当見た目が格好良いのだ。そんな格好良いボクの隣に並ぶのは、キュートで美人な進藤ヒカル…。
きっとすれ違う誰もが羨む事間違いナシだ。ああ…早く進藤上がらないかな…楽しみだ!
「…塔矢ー?おーい…」
あっ!進藤の声!よしよし上がったんだな?フフフ、これを待っていたんだ!ボクはダッシュで風呂場の前に急いだ。
「なんだい進藤!」
「あ、塔矢?…あのさあ、お前間違えて女用の浴衣置いてたんだけど」
本当に素直だな…。どう考えても間違える馬鹿いないだろ。故意にやらない限りね。
「ああゴメン、なんか浴衣あると思ってたんだけど、無かったから」
「は?どゆ事?」
「進藤、それ着てくれる?悪いけど…」
(5)
「はあ!?ヤダよ!いいよ、俺は私服で行くから!……って服ねぇじゃん!」
進藤の着てきた服は、すでに洗濯機の中でグルグルと回っている。当然着る事は不可能だった。ごめん、だってキミの浴衣姿をどうしても見たいんだ…。
「進藤の服は洗濯中だよ。ね、だからそれを着て?」
「ええ〜!?お前の服貸せよ!」
「それは出来ないよ。大体いつもキミはボクの服を馬鹿にするじゃないか?」
「うっ……」
「ボクがいつも傷付いてる事…知らないだろ」
嘘八百である。でも進藤は優しいから、こう言えばきっと…
「ゴメン…塔矢」
ほらね。やっぱりだ。今きっとドアの向こうでは、兎が耳をションボリと垂らせるように可愛く俯く全裸の進藤がいるんだよね…。な、なんか興奮してきてしまった。
「進藤謝らなくていいから…だから、お願い聞いて?」
「な、何?」
「浴衣、着て?…ね?」
「………………分かったよ」
ボクはその瞬間、今度は両手でガッツを作った。
やった!
やった!
今から進藤の浴衣姿が見られるなんて!
やったーー!
「ありがとう進藤!…さ、羽織ったら出てきなよ。着付けてあげるから」
「う…うん…」
と言っても、ボクだって気付けなんか本当はよく知らないが。まあなんとかなるだろう。
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