heat capacity 1 - 5


(1)
すれ違ったその時、手が触れた。
そして視線だけを後に残すようにちらりとこちらを一瞥して、彼は足早に対局室を出て行く。
僕は彼の視線に射抜かれたように暫く動けずにいたが、手にうっすら浮かぶ汗を握ると彼を追った。
『ついて来い』と、彼の目が言っていたからだ。
逸る鼓動が耳に煩い。
彼の蠱惑的で、且つ煽情的なその目が脳裏から離れなかった。

角を曲がると、彼は廊下に背をもたれ掛けながら座り込んでいた。
彼の身体は微弱ながらも確かに震えていて、その震えを抑えるように両腕を強く抱いていた。
「進藤、気分でも────」
悪いのか、と聞こうとしたものの、それは意味の有る音にならなかった。
急に立ち上がった彼は、僕のシャツを握って引き寄せると何も言わず唇を重ね合わせてきた。言葉は彼に飲み込まれ、代わりに熱く湿った感触が口の中を支配する。
立ち上がった一瞬少しだけ合った彼の目は、薄く涙が滲んでいるように潤んでいた。
自分の良く知っているその目。それは、彼が快楽に身を委ねきっている時に見せる目だ。
進藤は何かに憑かれたかのように、僕の背中に腕を回し、唇を欲望のままに貪っていた。
何度も啄んでは、舌と歯で唇をはむ。
受けるだけの行為は自分の主義に反する。
僕は侵入してきた進藤の舌を絡めとると一度強く吸った。
「……んッ…ぅ」
彼の身体が一瞬ひくりと戦慄いて、背筋を反らせる。
怯みかけた舌を渡って、自分から彼の口腔に侵入する。
今度はハッキリと彼が身を退くのが分かった。だが、今更そんな事は許さない。
僕は彼の首筋に手を這わせて、そのまま後頭部に添えた。添えたとは言っても逃げる事を許さない力を持っているそれは、押さえ付けていると言った方が正解かも知れない。
進藤が緩く首を振って弱い抵抗を示したが、僕は構わず彼の口腔を思う様に蹂躙した。
唾液と唾液を絡めて、自分でもどうなっているのか解らないような舌の動きに、一瞬溶け合っているような愉悦が身体中に満ちてくる。
思考まで融けたかのように、虚ろな目で、それでも必死でしがみついてくる進藤が、可愛くて愛しい。僕は、自分の中の獣が更に猛々しくなるのを感じた。


(2)
流石に酸素が恋しくなって唇を離すと、絡み合っていた唾液が名残りを惜しむかの様に糸を引いた。切れて顎へと伝ったそれを乱暴に袖で拭う。
進藤の方は拭う気力もないのか、僕の胸に両手を置いたまま浅く速く息を紡いでいる。
だが、それでもその瞳はまだ足りないというように深く滾るような熱を持って僕を見つめていた。
「………ぃ…て」
「え?」
僕が聞こえない、と言外に言って身体を寄せる。
僕の両腕を掴んだ進藤は熱の籠った息を多分に含ませて言った。
「早く、抱いて。入れて」
いつも、求める時は性急な彼だが、こんなに直接的に素直にねだってきたのはこれが初めての事だった。
「進藤」
「早く。俺、おかしくなりそう」

取るものも取り合えずといった感じで。
僕達は一番傍にあった個室──洗面所に転がり込んだ。
抵抗がなかった訳ではなかったが、この際場所なんてどうでも良かった。漲る熱を、ひとまず処理しなければならない。こういった誘い方をしてくる時、進藤は通常には考えられない程箍が外れている事を経験から知っていた。
完全な個室に入ってしまえば、最悪誰かが来た時にも気配を殺せばいい。
進藤はいつにない積極性で下に履いていたものを脱ぎ捨てた。
そして、息継ぎをするのももどかしく唇を重ね合わせる。
濡れた音が、静かな空間に響く。行為そのものに酔い浸っている進藤の微かな喘ぎも時々僕の鼓膜を震わせた。
それは今まで感じた事の有る快楽とは違っていた。
快楽とは形容し難い、苛烈な感覚だった。
いつも自分の身を焦がしているのが灼熱の焔だったとしたら、今、自分を溶かしているのはマグマだ。その流動体は身体の深部で静かに揺らめいている。ともすれば爆発を引き起こしそうな熱を、徐々に、体内の隅々にまで音もなく広げていく。
相対する進藤も、まるで活火山のようだった。
彼は、休火山なのだ。時々思い出したように、燻っていた火を烈しく燃え上がらせる。
だが、『それ』はいつも自分と関わる何かがあった時だ。今日の様に、顔を合わせて即求められた事など無かった。それが、僕の頭の中にちりちりと嫌な感覚として残っていた。


(3)
「! ……進藤!」
進藤は僕の抗議の声を無視してしゃがみ込むと僕の昂ったそれに手を伸ばした。
濡れて光る舌で裏筋を舐め上げられる。
「……っく、…ぅ」
全身の神経がそこに集中する。
進藤は上目遣いに僕を見上げながら、丹念に舌を這わせ、細い指を彷徨わせた。ちろちろと覗く舌の淫らな動きが、否応無しに僕を昂らせる。
ふ、と。僕を見上げる進藤と目が合った。
すると────彼は、笑ったのだ。目を細めて、嬉しそうに。
僕は何故そう思ったのか、彼が自分を嘲笑ったように見えて、腹立ち紛れに彼の腕をとって、無理矢理立たせた。そして、彼を強く抱き竦め、まだ何の施しも与えていない秘門に乱暴に指を突き立てた。
「あぅ…っ……ン…ッ」
信じられない程あっさりと指を飲み込んだそこは、まるで散々嬲られた後のように熱を持って柔らかく収縮を繰り返した。
進藤は切なげに眉を顰めてきつく目を閉じていた。急に襲い掛かってきた刺激に震える身をじっと抑えるように。
動かしてもいない指をきゅっきゅっとある程度の規則性を持って締め付けるそこに、今度は僕の顔が綻んだ。後から思えば、妙に、残虐な気分になっていたと思う。
「進藤、どうして急に抱いて欲しいなんて言い出したんだ?」
進藤は、身体の中に突き刺さったままの小さな楔に、喘ぎ喘ぎ答える。
「だ…って、さっきの、対局……、や、しろ、との……すごく、面白くて、…楽しくて……オレ、…変、なんだけど…途中から、段々、気持ち良くなってきて、さぁ……、何度も、イキそうに、なった、から……」
進藤は、言いながら恍惚とした表情を浮かべていた。先程の対局を思い浮かべているのかも知れない。僕は、自分の中の熱のうねりが急激に大きくなるのを感じた。
いつもなら絶対にしなかっただろうに、僕は進藤の中に収めていた指を引き抜くと、自分自身をあてがい、怯える進藤を無視して腰を進めた。
「…っあ、ぅ、あぁっ……!」
流石にキツイ。いつも、挿入前に一度進藤をイかせておいて、出来る限り神経が快楽を優先させやすいようにしていたし、殆ど愛撫も与えずに挿入した事など今まで一度も無かった。


(4)
背中には冷たい壁。
片足を抱え上げて身体を密着させている進藤の顔にはうっすらと汗が滲みはじめていた。
彼の身体には相当の負担が掛かっているのかも知れないが、可哀想だからやめようとはこれっぽっちも思わなかった。
肩に食い込む進藤の爪が気持ち良い。
「そんなに社との対局が快かったのか。ボクと、するよりも」
「……っ、塔矢、とは、比べられない…っ」
少し考えれば、僕が言ったのはセックスの事だと解りそうなものだが、多分その時の進藤にはまともに物を考えるという事すら不可能だっただろう。彼は素直に対局の事を指して答えたのだと思う。
それでも僕の中の苛立ちは収まりを知らずにいた。自分が子供じみた嫉妬をしている事ぐらい分かっている。なのに、口からは正反対の言葉しか出て来ない。
「何がよかったんだ、そんなに。ここがこんなになるくらい」
既に先走りの液体で濡れているそれを指で弾くと、進藤は可哀想なぐらいに震えて大粒の涙を零した。
「自分、が……、考えも、しない所に、…石、置かれた時……自分の、躰、……知らない部分に、触られた、みたいに……感じて……おかしく、なる…」
もどかしい気持ちを拙い言葉でなんとか伝えようとする進藤を、その時ばかりは愛おしいと感じる事が出来なかった。例え、それが社との対局に限った事じゃ無くても、その言葉は僕の中の焔を無駄に巻き上げるものでしかない。
虚ろな目で、熱っぽい吐息を吐く進藤が、憎々しくて仕方が無かった。
噛み付くようなキスをした。
進藤の理性も、本能も、何もかも融かしてしまえ。そうして最後に残るのが僕だけになれば良いんだ。頭の片隅でそんな事を考えながら、息をつく事も許さず、口腔を嬲り尽くす。
進藤は、既に抵抗する意思を失ったかのようだった。僕にされるがままに口を開いて、時々快感に身を震わせる。
ねちゃねちゃと絡むような卑猥な水音が、誰もいない室内に響いていた。
「ん……っ、は、あ……ぅん、…」
酸素を恋しがった進藤を解放してやると、その唇の端からは嚥下出来なかった唾液が弧を描いて顎へと溢れる。
気付くと進藤は無意識に僕に下半身を擦り付けていた。
繋がったままの状態で身体を動かしている所為か、時々不自然に身体を竦ませては、それでもまた何かに憑かれたようにゆるゆると身体を揺らす。
進藤の長い睫に光っていた涙が目を閉じた際に大きなひと粒の雫となって零れた。


(5)
「塔矢ぁ……」
進藤が僕に覆い被さるようにしてしがみついてきた。
僕の顔のすぐ横に頭をことんと置いて、ねだるように擦り付けてくる。
さらさらとした明るい髪が、僕の視界の隅で揺れた。
「ココ?」
少し強めに陰茎を握り込む。
「うぁ…っ」
進藤は痛みに顔を顰め、身体を退いた。
両手が使えないのは不便だ。僕は洋式の蓋の上に足を乗せて、その足で抱え上げていた進藤の足を固定した。そして開いた手で逃げかけた上半身を引き寄せる。
そして陰茎を握っていた手は先から零れている液体を指に絡めて、何度も擦り上げる。
「やめ、……あ、…っん……や、…だ……」
「嫌? 嘘ついちゃ駄目だよ、進藤」
弱々しく首を振る進藤は、可愛い。身体が理性を裏切っている時の進藤が僕は一番好きだった。
手を根元へと滑らせると同時に、愛撫を施しているうちにすっかり馴染んだらしい内部を突き上げた。
「………っは、ぁんっ」
大きく仰け反った進藤の、綺麗な首筋が露になる。彼を形成する曲線はすべて綺麗に見える。何もかもが、綺麗で、可愛くて、愛しい。
「これでも、まだ、さっきの事が忘れられない?」
言いながら前立腺を刺激し続ける。
「あっ、や、…やんっ………そ、こ……やぁ……っ」
「進藤、答えろよ」
自分らしくないと思った。進藤の温かさに包まれて、いつもならとっくに理性も何もなくなっているだろうに、どうして僕の頭の芯はこんなに冷めているんだろう。
僕はこんなにも嫉妬深かったのかと、妙に感心……いや、納得してしまった。
進藤は虚ろに瞳を開けたまま、額を僕の肩に預けていた。
僕がその華奢な身体を揺さぶる度に地面にぽたりぽたりと涙が零れていた。



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