四十八手・その後 1 - 5


(1)
 あの日、塔矢に好き勝手されて、もちろん俺は怒ってた。
 だって、恥ずかしかったし、痛かったし、なかなか手を離して貰えな
くて、死ぬかと思ったんだぞ。
 ぐったりした俺を塔矢はどっちがやられたんだか分からないくらい真っ
青になりながら手当てをして、その後、俺が寝ころがった布団の前に、
力なくうなだれてた。
「本当にすまない。謝って許して貰えることじゃないけど」
 そりゃそうだよな。俺が女の子だったら、一生責任を取れって言われ
ても文句言えないんだぞ。でもさ、
「ずっと前から君のことが好きだったんだ。だから、ついあんなこと」
「僕の下で泣いてる君が、すごく可愛くて、歯止めが効かなかった」
「君が嫌がるなら、もう二度とあんなことはしないから」
 必死に謝る塔矢を見て、あっ、こいつちょっと可愛いかもなんて思っ
ちまった。こんなに焦りまくってる塔矢って初めて見たかも。
 別に塔矢のことは嫌いじゃないし、いや、どっちかっていうと好きな
方になるのかな。それに、けっこう、えーと、気持ち良かったし。もう
saiのことは蒸し返さないっていう条件付きで許してやることにした。
 あの後、帰って来た塔矢先生とお母さんに、俺が遊びに来て一局打っ
てるうちに具合が悪くなったなんて、平気な顔して話してたのにはちょ
いむかついたけど、退院のお祝いだからって、俺が見たこともないよう
な特上の寿司を五畳半、じゃなくてご相伴?まぁ、どっちでもいいや。
とにかく奢って貰えたんだし、大目に見てやろうってもんだ。


(2)
『それにしてもびっくりしましたね。あの塔矢がヒカルのことを好きだ
なんて・・・』
『だよなー。俺もびっくりだよ。佐為だって、千年も生きてて、こんな
ことは初めてだろ?』
『今ではどうかは知りませんが、平安の世では、男同士で睦み合うこと
は珍しくはありませんでしたよ。もっとも、「怪しの恋」と言って、公
にするものでもありませんでしたが』
『へぇ、千年前の方が進んでるんだな』
『それよりいいのですか、ヒカル?今日は、塔矢の家に遊びに行くので
しょう?また、あんなことがあったら・・・』
『大丈夫だって、もう無理にしないって、塔矢も約束したじゃん』
『無理にはというのが、何だか気にかかりますねぇ』
 そうは言ってもさ。この先、塔矢とはずっと顔を合わせるんだし、避
けててもどうしようもないもんな。
『それにさ、塔矢先生がいたら、またsaiと打って貰える約束ができ
るかも知れないじゃないか』
 塔矢先生の名前を出すと、急に佐為の表情が曇る。前は、あの者と打
ちたい!打ちたい!って、大騒ぎだったのに、どうしちまったんだろう。
「こんにちわ!」
「いらっしゃい、早かったね」
 玄関まで迎えに来てくれた塔矢は、すげー機嫌が良さそうだ。
「お邪魔しますー」
 塔矢の家に来るのはこれで二回めだけど、何だか緊張するんだよな。
「今日は父も母もいないから、そんなに硬くならなくてもいいよ」
「えー?塔矢先生、いないの?」


(3)
 あからさまにがっかりし過ぎたみたいで、塔矢の目つきが険しくなっ
た。だから、お前、それが怖いんだって。
「君は、君は、お父さんと僕と、どっちが目的で来たんだ?」
 それは、塔矢先生・・・なんて言ったらまずいよな。
「そんなの、塔矢に決まってるじゃん」
「そ、それは、ありがとう(///)」
 あはは、何か赤くなってるよ。こんなとこは憎めないんだよなー。
 お母さんに持たされたお菓子を渡して、塔矢に煎れて貰ったお茶を飲
みながら、一局。ふー、塔矢と打つと、手が抜けないっていうのかつい
本気になっちまって、すげー疲れる。休憩しながら、最近のタイトル戦
の棋譜の話になった。
 そういや、この前の塔矢先生と緒方先生の十段戦第五局の棋譜、結局、
見てないままだったな。倉田さんは、いい碁だったって言ってたけど。
「その棋譜なら覚えてるから、並べてあげるよ?もうネットにも載って
るから、プリントアウトしてあげてもいいけど」
「あっ、ほんと?」
 貰って帰れば、佐為も喜ぶもんな。俺も勉強になるしさ。
「見たい?」
「うん、見たい、見たい」
 頷いてる俺の隣で佐為も目を輝かせてる。俺の勢いに苦笑した塔矢が
手慣れた仕種でパソコンを立ち上げて、さっと目当ての棋譜を探して、
印刷してくれた
「へぇ、これか」
 三人で棋譜を覗き込んだとき、呼び鈴、塔矢の家のはチャイムって感
じゃないんだよな、が鳴った。誰か来たのかな。


(4)
 ちょっとごめんと言って一度、出て行った塔矢はすぐに戻って来た。
「進藤、ちょっと時間がかかりそうなんだ。悪いけど、待っててくれる
かな」
「いいよ。棋譜でも並べてるし」
 佐為と打っててもいいしな。と思ったら、
「パソコンも自由に使ってかまわないから。ネットにでも繋いでみたら」
「えー、でも、電話代とかかかるんだろ?」
「常時接続だから、大丈夫だよ」
 じゃあと言って、塔矢は出て行った。情事接続って何だろ?
 まっ、塔矢が大丈夫って言ったんだからいいか。
 えーと、検索サイトに行ってっと。何を調べようかとキーワード欄に
カーソルを合わせると、塔矢が以前打ち込んだらしい単語が出てきた。
確か、クッキーとかビスケットとか言うんだったよな。
 さすが塔矢。「囲碁」と「碁」の文字がずら〜と並んでる・・・ん?
これ、何だ?ずーっとスクロールをして行った先に、「四十八手」という
文字があった。
『「よんじゅうはちて」って何だ、佐為、お前、知ってる〜?』
『さあ、私も初めて見ました』
『佐為も知らないってことは、新しい布石なのかな?よし、検索だ!』
 あっ、いっぱい引っ掛かった。けっこう知られてる手なのかな。俺っ
てまだまだ勉強不足だよな。和谷にも、何でそんなこと知らねぇんだよ
って、しょっちゅう怒られてるしさ。塔矢が調べたくらいなんだから、
きっといい手なんだろうな。
 わくわくして画面が変わるのを待ってると、何だこれー!?というのが
現れた。うわっ、うわっ、うわっーって感じ。見るところを間違えたの
かと、他のサイトを見てみても、同じようなページかもっとHなところ
に行っちゃうよ。何でだー!?


(5)
『ヒカル、塔矢はこんなものを見てるんですか?』
『だって、検索したらここに来ちまったんだもん』
 「よんじゅうはちて」じゃなくて「しじゅうはって」って読むのか。
 そりゃ俺だって男だから、こういうのに興味がないってわけじゃない
けど、あの塔矢がって考えると、似合わねーって思っちまう。
 でも、良く見ると、これとこれって、俺が塔矢にやられたやつだよ。
うわー、何だかこうやって改めて見ると、すげー恥ずかしい。俺の知ら
ない世界って感じだよ。
 これを調べてたってことは、まさか、塔矢の奴、これ全部を制覇しよ
うなんて考えてないよな。でもなー、塔矢って確かAB型だろ?AB型
って完璧主義だって聞いたことがあるような、ないような。うーん。
「進藤、ごめん。お待たせ」
 帰って来た塔矢に、慌ててページを落とす。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない、何でもない」
「そう?」
 じゃあ、さっきの棋譜の検討でもする?と碁盤の前に座った塔矢に、
ほっとした。あー、何か、刺激の強いもんを見ちゃったよー(^^;
『ヒカル、しっかりして下さい』
『だって、佐為ー』
『よそ事を考えてると、また塔矢にふざけるなーって怒鳴られちゃいま
すよ』
 そうなんだけど、気になっちゃって、ダメだよー。
「進藤?具合でも悪いの?」
「えーと、あの・・・」



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