かぐや姫 1 - 5
(1)
今は昔、麗しの都に光のごとき輝けし御身あり。
つややかな髪、綺羅に輝ける金色。
すべらかな肌、唐渡りの宝器より白く。
光集めし希有の瞳、宝玉の琥珀。
月のない夜にも御身から綺羅と輝けしその姫
名をば“輝夜姫”と人のいいける……
(2)
「佐ー為ー!佐ー為ー!…さーいーーー!!」
広い屋敷の中、今日も闊達な声が響き渡る。
ついでドタドタと渡殿を走る元気な足音。
それについつい口許を緩めてしまいつつ、この邸の若き主はパタリと手元の文を伏せた。
藤原佐為。
まだ二十歳を少し越えたばかりの若さで時の帝の囲碁御指南役を承る美貌の才人。
今の主上は十五になったばかりの少年帝で、佐為と年が近いこともあってか、何かと彼を頼りにする。
もちろん佐為もそんな年若い―――また囲碁の才も類い稀なる―――少年帝に心からの敬愛を感じているから。
畏れ多いことではあるが、一部ではまるで兄弟のようだと微笑ましく見られることもある二人だった。
さておき、そんな帝のお気に入りである藤原佐為には誰にも言えない秘密があった。
敬愛する少年帝にも近しい公達にもなまさか話すことの出来ない秘密。
ほんの三月前に出来たばかりのその“秘密”は、今日もまた元気に渡殿を駆けてくる。
そして妻戸の向こうから、きらきらしいばかりの光と共にやってきた。
「佐為、見つけた!!」
端座する佐為を見るなり満面の笑み。
それにつられて、部屋に溢れる光がさらにきらきらと輝きを増す。
(3)
「もうー、朝餉は絶対一緒に食べようって約束したのに!また忘れてたのかよ!」
「ああ…ごめんなさい。宮廷から文が届いていたから」
「文ぃ? そんなもん朝餉の後に見ればいいじゃん」
そんなことより自分との時間を大事にしろと、きらめく瞳で言い募る愛らしい子供。
年の頃なら十二・三だろうか。
まだふっくらと柔らかそうな薔薇色の頬にまろみを帯びた体の線。
そこに少年貴族の平服である白縹の水干をまとった姿は人形のように愛くるしい。
袴からすらりと伸びた白い素足がまばゆいばかりで……
そっと小さく瞳を細め、佐為はひどく愛しげに両手を差し伸べた。
「いらっしゃい、ヒカル」
それにこくりと頷いて、とことこと寄ってくる。
そうして座り込んだ先は佐為の膝の上、広げた腕の中。
まるで猫の子のような愛らしさでちょこんと座り込む。
そのまま愛しげに抱き締めてくる腕にも甘い頬擦りにもまったく頓着せず、ヒカルと呼ばれた少年はあどけない唇を開いた。
「なんだよ佐為、朝の接吻か?」
ごく当たり前のように細い両腕を佐為の首に回しながら聞く。
(4)
「いやですか、ヒカル?」
「ううん、別にいやじゃないけど」
「けど?」
「けど俺、接吻よりも先に朝餉が食べたい」
だって今日の朝餉には栗の甘蔓煮があるんだぞ!
子供特有の無邪気さでそう言って、ふわりと揺れた金の前髪。
それに合わせてまたもきらきらとこぼれる光に目を細め、佐為は甘く口許を緩めた。
「でもヒカル、私たちはまだおはようも言っていませんよ?」
「ん…まあね」
「あいさつはちゃんとしなければ。この前も教えたでしょう?」
「うん、聞いた」
「だったら朝餉の前にちゃんとしなければ」
「う〜ん…うん」
ゆっくりと愛しげに髪をすく佐為の指先。
それをおとなしく受けながらひとつひとつ律儀に頷く姿は本当に愛らしい子猫のようだ。
「でもさあ、佐為」
「なんですか、ヒカル」
「朝の接吻のあとにはいつも朝餉の前の接吻があるだろ?
で、その後には朝餉がおいしい接吻、朝餉がおいしかった接吻、朝餉の後の接吻。
こんなにいっぱいあるんだから、一回くらいなくしてもいいんじゃない?」
形のいい頭をふわりと横に傾けたままヒカルは問う。
それに優美な眉を微かに曇らせて、佐為は腕の中の小さな体をさらに抱き寄せた。
(5)
「…ヒカルは私との接吻は嫌いですか?」
「え?なんで?」
「だって…回数を減らしたいみたいだから…」
「なんでなんで?言ってないよ、そんなこと」
「でも今、一回くらいなくしてもって…」
「そーれーはあ!早く栗の甘蔓煮が食べたいから!別に接吻がいやなんじゃないってば!」
「…でも…」
「あーもう!大人のくせにぐずぐず言うなよ、佐為!」
膝の上に抱き締められたまま、まろやかに柔らかな手が頬をぱちんと挟む。
幼い子供の力、別に痛いわけでもなかったが驚いて軽く目を見開いた佐為の美貌をそのまま引き寄せ、
薄紅の桜の花びらめいた唇がちゅっと愛らしい口付けを落とした。
ちゅっと一度小さく。
それからちゅっちゅっとついばむように二度。
甘い唾液が極上の蜜のように唇を濡らすから、佐為は思わずそっと舌を差し出す。
それに至近距離の琥珀の瞳がちらりと上目遣いを見せて……仕方ないなあと笑うように細まった。
「おはよ、佐為…」
ふっくらとしたいたいけな唇から赤い舌先が出て、ちろちろと佐為のそれをくすぐる。
その細やかな感触にぞくりと震える体が、ヒカルを抱き締める腕の力をさらに強くする。
まだほんの子供。
十二・三にしかならない小さな少年。
それなのにこの輝く子供は佐為のすべてをこんなにも熱く乱れさせるのだ。
ゆったりとした狩衣の下、急速に勃ち上がって来た己自身を痛いほど自覚しながら、佐為は腕の中のいたいけな体を横抱きにする。
そうして上から覆いかぶさるように口付けを激しくした。
まだほんの三ヶ月。
それなのに、もうこの極上の宝なしでは生きていけはしないと、輝く子供を抱きながら。
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