金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 1 - 5
(1)
世の中には似た人間が三人いると言われているが――――
アキラは駅のプラットホームである人物を見た瞬間、そこから視線が外せなくなってしまった。
その人はアキラの知人によく似ていた。いや、似ていたなんてものではなかった。繊細な
横顔。生き生きと生気に満ちあふれた瞳。小柄ながらも均整のとれた伸びやかな肢体。細い
首筋から華奢な肩へとつづく曲線が綺麗だった。
突然、“彼女”が、こちらを振り返る。誰か知り合いでも見つけたのか、ニコリと笑うと、
手を振りながら近づいてくる。少しずつ、朧気だった輪郭が鮮明に浮かび上がってくる。
――――――近くで見ると本当によく似ている。
アキラは“彼女”が自分の側を通り過ぎるその一瞬を待った。その時には、もっとよく顔を見ることが
出来るだろう。
「塔矢!さっきから呼んでるのに、なんで無視すんだよ!」
“彼女”は、自分の前に立ち止まるなり、アキラに抗議した。
そう言われても、まだ、アキラは自分に話しかけられているとは思っていなかった。
「なんだよ!?立ったまま寝てんのか?」
“彼女”が、アキラの目の前にヒラヒラと手をかざした。そうして漸く“彼女”が、自分に
対して話しかけているのだと理解した。
(2)
アキラは改めて、目の前の美少女を見つめ直した。
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「…………………………………もしかして…………進藤………?」
驚愕に跳ねる心臓を気力で押さえつけ、出来るだけ静かに訊ねた。
「もしかしなくてもオレだ!」
美少女は仁王立ちに腕組みをし、ふんぞり返って答えた。
「……………………キミ…………なんて格好しているんだ………」
この場合、ヒカルだとわからなかったからと言って、責められる筋合いはないと思う。何せ、
ヒカルは普段とはまったく違う姿をしていたのだから…………。
「…………どうして、セーラー服なんか着ているんだ!?」
今日の彼は、紺のセーラーカラーに白の上着、カラーと同色のミニのプリーツスカートに、
膝丈までのニーソックスという出で立ちだ。
声をかけられるその瞬間まで、よく似た他人だとしか思っていなかった。
「ああ、コレ?」
ヒカルはセーラー服のスカートを少し摘んで、持ち上げた。ただでさえ、短いスカートなのに、
今にも下着が見えそうだ。
アキラは、その部分を凝視している自分に気が付いて、慌てて視線を外す。が、すぐに、
ヒカルの可憐と言ってもいいセーラー服姿が気になって、アキラは躊躇いながらも、そっと視線を戻した。
「オレ、結構、イケてると思わネエ?」
そんなアキラにまるで気付いていないのか、ヒカルは例のお日様のような笑顔を自分に
投げると、そのままくるりとまわって見せた。ヒラヒラ軽いスカートがふわりと風に舞う。
ヒカルの白い太腿が露わになる。その白さが、網膜を通過せずに、直接脳を刺激する……
そんな錯覚を起こした。アキラは目のやり場に困って、赤くなって俯いた。
(3)
「なあ、何とか言えよ…」
黙っているアキラに焦れて、ヒカルが催促する。
そんなことを言われても、何を言えというのだ。似合っているとか、可愛いとか言えばいいのか?
冗談ではない。そんなこと死んでも口に出せない。
ヒカルが小さく溜息を吐いた。
―――――ちぇっ……みんな似合うって言ってくれたのに………
少し拗ねたような、呟きが耳に入った。
みんな!?
みんなって誰!?
アキラは血相を変えて、ヒカルに詰め寄った。
一瞬ヒカルは呆然として、それからすぐにニヤリと笑った。しまったと思ったときは、
もう遅かった。
「ココじゃ何だから、向こうのベンチに行こうぜ。」
ヒカルはニコニコ笑って、アキラの手を引いて歩き出した。
(4)
強引に手を取られて、アキラは戸惑っていた。ヒカルはどういうつもりなのだろう。
こんな風に手を握って、まるで…………まるで、恋人同士みたいじゃないか……。
「よっと!」
ヒカルは、ベンチにドカリと座った。自分がスカートを穿いているという自覚がないのか、
大きく足を開いている。
その大股開きに会社帰りのOLやサラリーマン達がギョッとして―中にはニヤニヤと
イヤらしい視線をヒカルに浴びせながら―急ぎ足で通り過ぎていく。
「進藤、足!」
アキラは、慌ててジャケット脱いで、それをヒカルの膝の上に掛けた。
「いいよ……別に見られても困らねえモン……」
そう言いながらも、ジャケットは膝の上に掛けられたまま。
それより――と、ヒカルはアキラの耳元に口を近づける。
――ドキッ
瞬間、心臓が止まりそうになった。
(5)
耳にヒカルの息が掛かる。ほんの少し身体を動かせば、その柔らかそうな唇の感触を想像ではなく
直に知ることが出来るのに………。
そんなアキラの気持ちを知ってか知らずか、ヒカルは小鳥のような息づかいでそっと囁いた。
「実はさ………この下トランクス………」
絶句するアキラを面白そうに眺めながら、ヒカルは「見る?」と、スカートを捲り上げようとする。
驚いて、その手を強く押さえつけた。
ヒカルはクスクスと笑った。悪戯好きの可愛い子犬のような仕草で。
「それなのにさぁ………オレ、和谷のトコからココにつくまでに三回も声かけられちゃた……」
「誰もオレが男だって、気付かねえんだ。こんな色気のねえモン穿いてンのにさ…」
と、言って笑う。
キシシ………その笑いに擬音を付けるとしたら、こんな感じだ。
そう言えば、小さい頃に見たアニメにこんな笑い方をする犬がいたな…と、ボンヤリ考えた。
人の悪いちょっと意地悪な笑い方。
でも、そんな笑顔でさえも、アキラを惹き付けて放さない。すごくチャーミングな笑顔だ。
どんなに意地悪な表情をしていても、全然イヤミにならない。裏表のない素直な性格だから、
それが顔に表れる。なので、仕方ないなとみんな許してしまうのだろう。
いつもなら、アキラもそう思う。だけど今日は………
『どういうつもりだ……進藤…』
―――心(しん)から楽しそうなヒカルの態度に、アキラの胸中は複雑だった。
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