恋 Part 4 1 - 5
(1)
確かな重みとともに冷たい肌が触れる。
その冷たさで僕は知るんだ。自分の体がこの上もなく火照っていることを。
はぁ…………
ヒカルが僕の上で、詰めていた息を吐く。
その拍子に、軽く仰け反り白い喉を曝すのを下から見上げるのも、もうこれで何度目だろう。
息を吐いた後で、ようやく僕に体重を預けてくれる。それと同時に顔を伏せる。
金色の前髪がパサリと音を立てる。
ふたりきりで過ごす夜は静寂に満ちている。
瞬きの音さえ聞こえてきそうで怖くなる。
僕たちは、肉と肉を重ねながら、なぜか息を潜めている。
密か事とは言うけれど、それよりも怪しい空気が混じるのはなぜだろう。
僕たちが男同士だから?
不道徳な行為だから?
まだ未成年だから?
親の留守をいいことに、快楽に耽っているから?
いいや、違う。
好きだという気持に嘘はないんだ。
だから男同士で繋がることを、僕は不道徳だとは思わない。
「好きだ」と告白した時点で、そんなことは既に問題ではなかった。
勿論、未成年であることにほんの少しの後ろめたさはある。
でもそれだって、僕もヒカルも経済的には自立しているし、奇矯な世界ではあるけれど、社会人であることに違いはない。
勿論、同性で愛し合うことが、まだ社会的制約を受けることは大問題だけれど、それといまこうしている最中に息を潜めている事実は、また根の違う問題なんだ。
(2)
僕は息を潜めて、ヒカルを見つめている。
彼はいま、僕にまたがり、僕を自ら迎え入れ、息を整えている。
乱れた金色の前髪の隙間から、固く閉じた瞼と眉間に刻まれた翳りが見える。
それは、苦痛を耐えているからに他ならない。
「ヒカル……」
少し心配になって声をかける。
返事はない。
僕の浅ましいペニスは、固く張り詰めてヒカルの甘い熱と柔らかい肉を楽しんでいるのに、ろくに解しもしないで受け入れたヒカルは、痛みを遣り過ごすために、僕の存在を忘れてしまう。
「痛むんだろう? 一度……、離れて……」
言葉途中でヒカルは激しく首を横に振る。いやだと首を振る。
「いい……、せっかく…いれたのに……」
そう言うと、彼は無理矢理腰を浮かした。
冷たい尻肉が、僕の熱い下腹部から離れる。
「ヒカル!」
ギリギリのところまで引いた後、彼はまた腰を沈める。
ヒカルは苦しそうにうめき、僕は思わず甘い声をあげていた。
「塔矢、気持いいんだろう?」
僕の胸に手をついて、ヒカルは尋ねる。
その伺うような視線が僕は辛い。
彼と間違いなく体を繋げているのに、どうしてこんなに遠く感じるんだろう。
「ヒカル……少し…じっとして」
僕は慌てて、彼の動きを言葉で止める。
「もう少し馴染ませてから……ね?」
言葉だけでは足りないから、僕はヒカルの細い腰を左右から両手で拘束する。
「そのほうが……僕は感じるんだ……」
セックスの最中に言葉を選んでいる。
(3)
滑稽だと思う。
前戯の最中じゃないんだ。事の真っ最中なんだよ。
射精の瞬間を待ち侘びている僕のペニスは、恋人の熱い肉に包まれているんだ。
今やるべきことなんて、一つしかないはずだ。
本能に従い、ただ動くだけで、僕は簡単に快楽を味わうことができる。
なのに、それに溺れることができない。
いつから……、僕はこんなにも冷静に、恋人を観察するようになってしまったのだろう。
* * * * *
進藤と初めてセックスしたとき、僕は間違いなく幸せだった。
願いが叶ったと思ったから。
恋が叶ったと信じたから。
僕は昔からずっと進藤が好きで、その気持は進藤と共有できるものと信じていた。
でも、いつからだろう。
僕と彼の気持に、わずかではあったけれど、見逃すことのできないズレが存在することに気づいてしまった。
(4)
初めて体を繋げた後、進藤は会うたびにそれを求めた。
僕にそれを拒む理由はなかった。
だってそうだろう?
僕は、あの初めての体験でまたとない至福を覚えたんだ。
それがどれほど僕にとって魅力的な行為であるかは、恋をした人にならわかってもらえるだろう。
進藤は、僕以上に積極的だった。
僕が参考にしたサイトを乞われるままに見せてあげると、彼は少し頬を染めてはいたが、真面目な表情で読み下し、実践してくれた。
セックスすることが暗黙の了解となっている約束の日には、彼はきちんと準備をしてきてくれた。
それに初めて気づいた日の喜びと、彼にだけ負担を強いる済まなさは、ますます僕の気持を燃え上がらせた。
―――――僕の為に、ここまでしてくれた。
それは取りも直さず、僕たちの行為を、進藤が望んでいてくれている証のようで、その晩、僕は進藤を眠らせてあげることが出来なかった。
僕たちはまだ十代で、好奇心も旺盛だったし、初めて知る快楽は何にも勝る甘い密だった。
その甘い蜜を、僕も進藤も喉を鳴らして味わった。それは確かだ。
進藤はいつでも性急だった。
恥ずかしそうに頬を染めても、行為を躊躇うことはなかった。
僕がしてやることを、すぐに覚えて返してくれた。
そのどれもがまた僕を夢中にさせた。
そして、肛孔で受け入れることに慣れてくると、恥じらいを含んだ声でねだってくれた。
『塔矢、……もういいだろ……。いれてくれよ』
そんな言葉に誘われて、彼の中に挿入する快感は、言葉で表現なんてできるはずがない。
十分にほぐれた肉の門が、僕のペニスを甘く締め付け、続く刺激に活発に蠕動する直腸は、僕の昂ぶりを蕩けるような熱と柔らかさで包み込み、奥へ奥へと吸い込むように蠢くんだ。
(5)
それだけじゃない。
全身で僕にしがみつく腕。
離さないと言いたげに、背中を抱いてくれる進藤の掌の熱は、僕を惑溺した。
繋げた器官と器官が馴染むまで、僕たちはじっと抱き合っていた。
重ねた胸で固く勃ちあがった乳首が、擦れ逢うだけで僕はしびれるような快感に我を忘れた。
本能のまま、彼を犯したいと思うことも多々あった。
だけど、それよりも彼と抱き合い、耳元で彼の熱い呼吸を数えていることが嬉しかった。
進藤は、繰り返し囁く言葉があった。
『俺の中に、おまえがいる』
その事実を確かめるような進藤の言葉は、僕の中の熱を際限なく煽った。
『おまえが、俺のなかで脈を打っている』
それは僕も感じることだった。
僕は僕で、進藤の脈を昂ぶる器官で感じていた。
それは夏の波を思わせる熱いうねりだった。
『おまえは生きているんだな』
僕はその言葉に励まされ、ゆっくりと動き出す。
同じ時代に生まれ、こうして巡り合う事のできた幸せを噛み締めながら、僕は進藤と体を交わす歓びを貪った。
だが、そうして幸せに浸っていられたのは、そう長いことではなかったんだ。
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