光明の章 1 - 5
(1)
関係を持ったあの日以来、ヒカルはずっとアキラを避けてきた。
アキラに触れられるのはもちろん、見つめられることさえ疎ましかったからだ。
机の引出しの中には、アキラの部屋のスペアキーがいまだに眠っている。
捨てようと思ったことは何度もあった。
だが、引出しに手をかける度にあの夜の出来事が鮮明に思い出され、ヒカルを苦しめた。
キーを捨てたからといって、あの夜の忌まわしい出来事が全て消えるわけではない。
──そんなに簡単じゃない。そんなに簡単に断ち切れるような関係じゃないんだ、オレ達は。
ヒカルは唇を噛んだ。
(2)
アキラは、ヒカルが毎週自分を避けている事に対して何の反応も示さなかった。
冷静というより無関心に近い。
廊下ですれ違っても目すら合わせることなく、あっという間に二週間が過ぎた。
ヒカルの方は、激しく自分を求めてきたあの晩とはまるで別人のようなアキラの態度に
面食らいつつも、あの様子ならこれ以上構われることはないと確信し、ホッと胸を撫で下ろした。
アキラとはもう前のような関係に戻れないかもしれない。
でもアキラがこのまま全てを忘れてくれれば、自分もきっと忘れられる。
そしていつかまた、笑って碁を打てるようになるはずだ。
その日まで、どのくらいの月日がかかるのかヒカルには想像もつかない。
辛い選択だけれど、ヒカルは耐えようと思った。
(3)
とある火曜日、森下九段の研究会に参加するためヒカルは日本棋院を訪れた。
上へ昇るエレベーターが開き、いざ乗り込もうと前へ一歩踏み出した時、
エレベーターの中にいる人物がこちらを凝視している事に気付いた。
「・・・塔矢」
今一番会いたくない相手との思いがけない再会に気が動転したヒカルは、
反射的に思いっきり後ずさりしてしまう。そのあからさまな行為にひるむことなく、
アキラは鋭い眼差しのままヒカルの前に進み出た。
アキラの右手が静かにあがり、ヒカルの左頬に触れる。
びくっと体を硬直させるヒカル。
アキラはその時、初めて表情を変えた。
ヒカルを哀れむように目を細め、自責からか唇を真一文字に噛み締める。
頭の中では、ヒカルが自分を避けるのも当然の結果だと理解していたものの、
いざ怯えるヒカルを目の当たりにしてみるとかなりショックを受けている自分に気付く。
「・・・・」
アキラは素早くヒカルから手を離し、何も言わずにその場から立ち去った。
(4)
残されたヒカルは左の頬を両手で押さえたまま、長い間その場に立ち尽くしていた。
触れられた頬が痺れるように熱い。まるでアキラの熱が飛び火したかのように
ジンジンと疼き、それと呼応するように脈も速くなっていく。
アキラの懐かしい温もりにヒカルの胸は締め付けられた。
何かを確かめるように触れてきたアキラの手。
それが実は待ちわびていた感触なのだと気付き、ヒカルはひどく戸惑う。
いままでアキラを避けてきたのは、指一本触れられたくなかったからだ。
触れられればきっと、嫌でも思い出してしまう。
みっともない痴態を演じた、あの日の自分を。
そう思っていたのに、今はアキラの悲しげな表情が脳裏に焼き付いて離れない。
振り切るように、ヒカルはエレベーターに飛び乗った。
「…初めて見た…アイツのあんな顔」
ヒカルは古いエレベーターの壁に、握り締めた両手を強く叩きつけた。
そしてうなだれたまま低く呟く。
「──アイツにあんな顔をさせたの、オレじゃねェか…」
(5)
「…またすぐに気持ちよくしてやるからよ」
男の掠れた声が突然耳に響き、ヒカルは現実へと引き戻された。
よりによってこんなときにアキラの顔が浮かんでくるのは何故なのだろう。
アキラの幻影は、深い悲しみを映した瞳でヒカルを見つめている。
咎めることも、蔑むこともなく。
──塔矢。お前から逃げたから、オレ、罰が当たったみたいだ。
アキラと鉢合わせした翌日の大手合。
その夜越智の罠にはまり、強要された関係をずるずると続けてきた。
今日は見知らぬ男達に突然拉致された挙句、星空の下無理やり犯されようとしている。
もう流す涙も残っていないような気がして、ヒカルは横たわったまま天を仰いだ。。
──神様。塔矢。……佐為。……軽蔑してるよな、オレのこと…。
「おい。早く変われよ」
ヒカルの両手を押さえ込んでいた男が、焦れてリーダー格の男に訴える。
「まぁ待てよ。俺が先に慣らしとけば後がスムーズにいくだろ?」
そういうと、リーダー格の男はヒカルの両腿を乱暴に開き、秘められた箇所に顔を埋めた。
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