叢雲(むらくも) 1 - 5


(1)

――なぜこんなことを…
アキラは動揺していた。
体に残る高揚感とはうらはらに、左手に残る生温かさが深い悔悟を呼び起こしていた。
のろのろと起きあがり机のそばのティッシュボックスからティッシュを2、3枚まとめて引き出す。
――何をやっているんだろうボクは…
  君は男で、ボクのライバルなのに…
  ライバル? 
  君はライバルなんだろうか。
  ボクが君を追い、ボクが諦めると、今度は君がボクを追いかけてきた。
  そして、ようやく君の力を確かめる時がきたというのに…
  本当に君はボクのライバルなのか。
もう一度、アキラは自分の心に問いかけた。
信じたいと願う心と疑いを払えない心がせめぎあっていた。


(2)

進藤、君はいったい何者なんだ。

はるかな高みからボクを導くような最初の対局。
刃で断ち切られたような二度目の対局。
思いがけず海王中で見かけた、あの美しい一局。
そのどれもがボクを魅了した。
進藤の棋譜をボクは何度並べたことだろう。
ここに打っていたら、君ならどこに打ち返したか。どれほど考えたことだろう。
ボクは君に憧れ、懼れさえ抱いていた。

だが、その後の大会でのあのぶざまな対局。
それまでがすべて幻でもあったかのような手ひどい失望を味わった。
裏切られたようないらだちを抱えながら、
ボクは君への執着を断ち切って、プロの道を歩みはじめた。
その後、若獅子戦の時にボクが見たのは、寄せで圧倒される君だけだ。


(3)

本当の君が知りたい。
忘れようとして忘れられない。いつもボクの心の中には君がいた。
そして、君はボクだけでなく、お父さんも惹きつけていたのかもしれない。
君はボクの知らないうちにお父さんと対局していた。
キチンと打ちきったようではなかったけれど、それでもお父さんは君に興味を持った。
だから、新初段シリーズで君と対局したんだ。
君はお父さんさえ惹きつける何かを持っているのか。

お父さんと対局した、あの新初段シリーズ。
無謀としか言いようのないひどい対局だった。
それなのに、お父さんはそうは思っていないようだった。
そして、桑原先生も。
二人にはボクには見えなかったものが見えていたみたいだった。
  
そして君はプロとして足を踏み出した。
ようやく君と対局できることになり、ボクの気持ちはどんなに逸っただろう。
本当の君を確かめる、その願いはお父さんの病気で果たせなかった。
進藤、君はいったい何者なんだ。
君の本当の力が知りたい。
ボクはずっと君を待っていたんだ。
導くような手、流れるような手、断ち切るような手、
ボクを魅了してやまないあの対局。
あれは幻なんかじゃない。ボクは本当にこの目でみたんだ君の美しい対局の数々を。


(4)

いったい君はどうしてしまったんだ。
ひとり、図書室の机に伏せっていた君。
きょう、学校で見た君は痩せてやつれていた。
以前は頬のふっくらとした元気過ぎるほどの君だったのに。
何が君を変えてしまったんだ。
空元気を装っても、隠せない。
虚ろな目、虚ろな表情、別人の君がいた。

だが、そんな君を見たとき、ボクの心の中に新たな気持ちが忍び込んだ。
認めたくないけれど、事実だ。
「もう打たない」
大きな瞳は虚ろに揺らいで、ボクを真っ直ぐには見なかった。
「ごめん」と言った君のくちびるはかすかに震えていた。
そのくちびるに捕らえられた一瞬の間に、君は駆け去っていった。
何が君にあったんだ。何を君は失くしたんだ。
何が君を変えてしまったんだ。
君はボクと戦うためにここまでやってきたんじゃないのか。

弱っている君には今、支えるものが必要だ。
そして、それはボクしかいない。


(5)

アキラの脳裏からは、昼間見た頼りなげなヒカルの姿が離れなかった。
――あの時、あの細い肩を掴まえていたら…
  話してくれ、進藤。君の心にある屈託はボクが受け止めてやる。
  君を引き戻すためなら、ボクは何だってする。
  君はずっとボクと歩いていくんだ。
  ボクといつまでも一緒に…
  ついてこい、進藤。
  ……
  進藤、君はなぜ走り去ってしまったんだ…
  君はボクの隣りにいるべきなのに… 

アキラの心を暗い雲が覆っていく。
儚げなヒカルを思い返しながら、アキラの手は再び下着の中に潜りこんでいった。



                                 (おわり)



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