弄ばれたい御衣黄桜下の翻弄覗き夜話 1 - 5
(1)
門脇龍彦と進藤ヒカルがその碁会所を出たのは、ほとんど真夜中近く。
通りに面するどの店もシャッターを降ろし、通勤帰りの人々が時計を気にしつつ、
タクシーを呼び止めるようになる時間。
伊角の新初段戦の観戦に赴く途中で、本当の意味で知りあいになり、またライバルと
もなった二人は、それ以来こうして時折り、共に碁会所で打ちあう仲になった。
誘い合うわけではない。しかし、プロとして棋院に来ていれば初段同士、手合日も
しばしば重なるし、昼休みや対局後にロビーで顔を合わせたりもする。
そんな時に、どちらともなく言いだすのだ。
「どっか行こうか」
と。
行く先はその時で違う。
電車に乗って、適当な駅で降りて、碁会所をさがす。
私生活で、他に共通の話題はないので、碁の話ばかりしている。碁を知ってから、
なんだか訳のわからないままに突き進み、まわりを眺める余裕もなく、同じ年の
ライバルの背を追っているうちにいつのまにかプロになってしまったヒカルと違い、
門脇はいろいろと囲碁界の事を知っていて、本当に何の知識もないヒカルに呆れ
ながらも、丁寧に教えてくれた。
中には、過去の名棋士達の表には出てこない裏話的なものや、門脇自身が体験した
大会でのトラブルの話題などもあって、ヒカルはそれが結構楽しく、立ち寄った駅で
碁会所が見つからなければ、喫茶店に入って延々とそんな話を聞いて過ごしたりもした。
だが、それ以上に馴れ合って、お互いの私生活に関心を示すこともなく、さばさばと
したつきあいが、門脇とヒカルの間には続いていた。ふたりはお互いの電話番号さえ
知らない。
そして運良く碁会所が見つかって、対局が始まれば彼らはウソのように無口になる。
一局で終わることもあれば、途中から早碁のようになって、その碁会所が閉まるまで
夢中で打っていることも有る。
今日がそうだった。
(2)
席主が笑いながら、「もう閉めるよ」と蛍光灯のスイッチに手をかけるまで粘って
しまった。
「あ、すいません」
二人とも慌てて対局途中の石を崩して、碁笥に戻して片づける。
門脇が時計を見ると、すでに終電が終わっていてもおかしくない時間だ。
「駅で降りたときに、終電の時間確認しておくんだったな」
駅までの道程は、二人とも無口だった。理由は簡単だ。さっき途中で終わってしま
った対局を、頭のなかでこねくり回しているのだ。
途中ああ打てばよかった。あるいは、次の一手を自分はこう打とうと思っていたけれ
ど、そうしたら相手はどんな手を返してきていただろうか、と。
「こっちの方が近道じゃないのか、ここ、通って行こう、進藤」
門脇が指さしたのは、少し大きな公園だった。ヒカルは素直に門脇に従った。
公園の桜はすでに葉桜になっていて、その枝につい先日まで、きっと壮麗に咲き誇っ
ていただろう花の面影はない。
「花見の季節に来てたら、すごいだろうな、ここ」
「え、何、門脇さん、花が咲いてないのに、これ桜だってわかるの?」
「わかるだろ、普通」
「わかんねぇよ、普通」
門脇は、唖然とした顔でヒカルを見る。公園のわずかな外灯に照らされて、
進藤ヒカルの頬が青白く見える。この少年に、門脇は出会ってからずっと、様々な
意味で驚かされてばかりだ。
「わかるんだよ、普通は。葉とか、枝ぶりで」
まるで自分がウソをついているかのような、いぶかしげな顔でヒカルに見返されて、
門脇はしかたなく、その腕をとって、芝生に踏み込み、桜の木の下まで連れていった。
さて、これから桜の木について、ひとつ講釈ぶってやろうとした時だ。
少し離れた植え込みの影で、変な物音がする。
最初はさかりのついた猫が鳴いているのかと思った。
だが、それはすぐに門脇の耳の奥で、なんとも甘ったるい女の嬌声へと変わる。
どこかの馬鹿なカップルが、その植え込みの影でセックスをしているのだ。
(3)
門脇が顔をそちらに向けながら、そっと視線だけでヒカルの方を見ると、ヒカルも
夜目に分かるほど頬を火照らして、身体を硬直させていた。
「う…ン……、ハァッ……、ハァッ……、ぅあん……」
芝生が、潰されるようなガサガサする音。それどころか、男が女のそこに尻を
打ち付ける音まで聞こえてきた。
人気のない公園内で、いやにハッキリ聞こえる情交の気配に立ち尽くすヒカルを
横にして、門脇の心の中に、ふとした悪戯心がおこったのはその時だ。
「見に行ってみようか?」
ヒカルの横顔に口を近づけ、挑戦するように、小さく耳打ちした。
「え……」
明らかな狼狽の様子を見せるヒカルが、門脇には面白い。大学の新勧コンパの後で、
新入生を初めてのぞき部屋に連れていった時みたいだ。そして、こういう時に
「いや、いいです」と断る馬鹿もいないのだ。
ヒカルも、恥ずかしさに頬を赤らめているくせに、小さく首を縦に振った。
「静かに、静かに」
低い声で言い、人差指を一本、唇の前に立てながら、門脇は植え込み沿いにヒカルを
誘導する。
女の声はますます高くなる。
(俺だったら、こんなとこでTPOも考えずにこんなあられもない声を出す女なんて
ゴメンだな)
と、考えながら、門脇は植え込みの影にしゃがんで耳を澄ます。
男の荒い息遣いまでもが鮮明だ。
「お〜〜、臨場感、たっぷりじゃん」
ニヤニヤ笑いながらヒカルを見ると、ヒカルも門脇の傍に腰を落として、恥ずかし
がりながらも興味津々といった目をしながら、耳をそばだてている。
男が体位を変えたのか、植え込みの上から女の白い足先がはみ出して見えた。
その足先には中途半端にストッキングが履かれたままだ。
門脇もヒカルも、その光景に同時に唾を飲み込んでいた。
(4)
女の足が、声のリズムとともに揺れている。
植え込みの細かな枝の間、わずかにのぞく男の腰。その律動。
毛深い腕が動いて、女の足の裏を愛撫しているのがわかった。
張りつめて、キツイと訴え始めた自らの股間に、門脇は心の中で笑う。
(やべぇ、やべぇ。こりゃ、本格的にならないうちに帰らないとな)
最近は碁を打つばかりで、女の腰を穿つのは御無沙汰だったせいか、うっかり
盛り上がってしまってきた。その自分の生理をきまり悪く思いながら 、
隣りの進藤ヒカルを盗み見る。
自分がこの調子なのだ。おそらく、まだ女性経験など殆どないであろうこの少年は、
どうなっているのやら。
ヒカルの、その鼻先の輪郭だけが綺麗に外灯に浮かび上がっている。
単純な興味から、門脇は傍の細い体に手を伸ばした。
だがその手を伸ばす途中、その好奇心は、子供じみた悪ふざけにすり替わっていた。
夜の墓場でとなりの友達の肩をわざと叩いて逃げたり、女子高生が、友人の後ろ
から忍び寄って背中を撫で上げて遊ぶ、あれみたいな感覚だ。
公園で他人のセックスをのぞき見て、興奮してしまっている自分たちに対する、
照れ隠しの意味もあったのかもしれない。
門脇は、少年のジーンズの内股に、気付かれないように手をそっと忍ばせ、そこを
植え込みの向こうの男を真似て撫で回した。
声にならない飲み込むような鋭い息とともに、門脇の手を熱いヒカルの両腿ががっちりと
挟んだ。
「な、なにするんだよ、門脇さん!」
ヒカルが小声で抗議する。
「冗談だよ、冗談!」
言いながらも、布越しにも感じられるヒカルの肌の火照りに、門脇自身がギョッと
していた。隣りの少年の存在がずっと生々しいものに変わった気がした。
笑って済ませて、そのまま手を引き抜こうかと思ったが、その熱さは夜風に冷えた
手に心地よく、そのまま解放されてしまうのは名残惜しく、気付けば門脇は挟まれた
手を、さらに腿の奥へと進入させた。
「ひぅっっ……」
(5)
上がった悲鳴の高さに、門脇は慌ててヒカルの口を塞いだ。
門脇の指が、熱の凝縮したヒカルの中心に触れたのだ。
「ははっ。ここ、こんなに膨らませて。かわいいねぇ、ガキンチョは」
(おもしれぇ)
困ったように身をよじるヒカルの態度が、門脇の悪戯心を助長した。
そんなことには気付いていないヒカルの、封じられた唇が、何か言い返す動きで
手のひらをくすぐるので、門脇は少し口を塞ぐ手を緩めてやる。
「…………っっ!」
聞き取れない声に、門脇は自分の頬を肩越しにヒカルの頬に押し付け、耳を近づけた。
「…ふざけんなよ、放せよ!」
「お、強気じゃん」
ヒカルの熱い昂ぶりに触れる手を、わざとらしくさわさわと動かしてみる。押したり
撫でたりを繰り返す。
「んっん、ちょっっ……っ、んっ」
もがくヒカルを、背中から抱き込み、しっかりと肘をつかって自分の腕の中に
固定する。
そうしながら、ヒカルの固くなった物を、デニム生地の上から悪戯するのはやめない。
「ん……、やだ…っって、かどわ……いいかげんに……んっ」
ヒカルの口を塞ぐ指の隙間から、小さく声が漏れる。
門脇は植え込みのあちら側にに目をやった。向こうは向こうでクライマックスで、
こちらの騒ぎに気付く様子はない。女の喘ぎが、ますます高く、夜の乾いた空気を
打つ。
門脇は、ヒカルの耳元に意地悪くささやいた。
「いやなら、放せよ。こんなに締め付けられちゃ、腕、引き抜けないんだよ」
相変わらずヒカルの太腿は、その間に門脇の腕をがっちりと締め付けたままだ。
その上、当のヒカルは、それで腿の力を緩めるどころか、門脇のその言葉とともに
耳の後ろに吹きかかった息に反応して、体を固く縮めてしまう。
門脇にはそれが、何とも可笑しくてしょうがない。
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