大人遊戯 1 - 5


(1)
立春を過ぎても相変わらずの厳しい寒空、北風に背中を押されながらアキラは道を急ぐ。
アキラは昨日中学受験は終えたばかりで後は合格発表を待つだけなのだが、それは心配していない。
今彼の胸の中を占めているのは、最近知り合った進藤ヒカルの事ばかり。
先日見たヒカルと海王中三将の対局…あの美しい棋譜を目の当たりにした感動だけじゃない。
そのずっと以前から、そう、出会った瞬間からアキラにとってヒカルは特別だった。
彼の囲碁に、そして彼の眼差しに、惹かれていく自分をアキラは止める事が出来なかった。
(ボクは、進藤くんが好きなんだ)
そう気付くのにさして時間はかからなかった。彼の姿をみとめただけでときめく心を自覚していた。
受験が終わったらヒカルと会う約束を取り付けた。それが今日。彼の家に初めて訪問する。
今日こそ彼の特別になる、そう決意していた。寒さと緊張と興奮でアキラの頬は真っ赤に染まった。


(2)
留守番をしていたヒカルが、息せき切ったアキラを玄関先に迎えたのは、約束の30分も前の事だった。
その気忙しさをヒカルが笑うと、アキラは恥じ入ったように俯いた。真っ赤なほっぺが色を増した。
アキラの林檎のような頬にヒカルの暖かな両手が押し付けられる。寒かったろ?と労った。
ヒカルのそんな優しさも、アキラは大好きなのだった。林檎が更に熟れた事にヒカルは気付かない。
二階のヒカルの部屋は綺麗に片付けられていた。自分の為に片付けたと言われて、アキラは心が踊った。
落ちつかずに部屋を見回す。ヒカルらしい部屋、ヒカルの匂い。何もかもがアキラを浮かれさせた。
ジュースを運んできたヒカルは、アキラのそわそわした様子を怪訝に思いながらも、
彼をベッドに腰掛けるように促すと、自分もその隣に座った。
「受験は昨日で終わったんだよな?どうだったんだ…って、塔矢は、海王は合格圏だったんだっけ」
「うん…でも発表があるまで結果は分からないし」
「受かってるといいな」
「…うん…ありがとう…」
間近に感じるヒカルの体温に、アキラはどぎまぎしてしまう。
ヒカルの可愛らしい笑顔、ジュースのストローを咥える唇、ハーフパンツから伸びる素足が視界に入る度に
心拍数が上がってしまう。アキラはひとつ深呼吸をすると、思いきってヒカルに向き直った。


(3)
「あのね、今日は進藤くんに言いたい事があって来たんだ」
「おっ、おう…」
トマトの様に赤くなりながらも真剣なアキラの瞳に、ヒカルは少したじろいだ。対局の時と同じ位真っ直ぐな目だ。
「ボク…ボクね」
「う、うん…」
言いながら、アキラはヒカルの手をぎゅうっと握ってきた。耳の先どころか、手まで真っ赤になっている。
「進藤くんの事が、好きみたいなんだ」
思ってもみなかったアキラの言葉に、ヒカルは驚いたような拍子抜けしたような、素っ頓狂な声で聞き返す。
「へっ?好きなの?」
「うん…好きなの…」
手を握り締めたまま遂には俯いてしまうアキラ。だが、やがてヒカルはその手を優しく握り返した。
「なーんだ、そんなの、オレだって塔矢の事好きだもん。おあいこだなっ」
「えっ…本当?」
「うん、ほんと。だってお前良いヤツじゃん。だから好き」
ヒカルの言う「好き」はLOVEではなくLIKEなのだが、幼いヒカルはその区別が出来なかった。
そしてアキラも、ヒカルの「好き」をその様に認識したが、それでも良いと感じた。
何しろヒカルが「好き」と言ってくれたのだ。両思いに違いないと都合よく解釈する事にした。


(4)
「じゃあ、キスしてもいい?」
アキラの唐突な申し出に、ヒカルは慌ててしまう。キスというのは男女がするものだと言う認識しかないからだ。
「ばっ…オレ達男同士じゃん!男同士でキスなんて、変だろっ」
「でも、好き同士ならキスするのは当たり前だよ」
「そうだけど…でも、そんなの…男同士でキスして大丈夫なのかよ」
予想外の事態に、ヒカルはアキラに気付かれないようにこっそりと、不安そうな視線を佐為に向ける。
(なあ…男同士でキスなんて、変だよな?佐為…)
(きす?きすとは何ですか?ヒカル)
(口と口をくっつける事だよ!)
(ああ、接吻のことですか。別に変じゃないと思いますけど…1000年前にも140年前にもありましたよ)
(エエッ!?そうなの?じゃ、オレ達ってキスしてもいいのかー…)
佐為はこの時全て了解していたが、敢えて口を挟む事はしなかった。ヒカルはその言葉で納得したが、
佐為は間違った事を言っていなければ、正しい事も教えていない事には気付いていなかった。


(5)
「進藤くんは、ボクとキスするの、そんなに嫌?」
傷ついたような表情のアキラに、ヒカルは慌てた。とても居た堪れない気分になってしまう。
「あっ!ううん、違う。好き同士なら変じゃないみたいだから、嫌じゃない!」
そう言うと、ヒカルはアキラに顔を近付けた。だが、勢いが良すぎた為に歯がぶつかってしまった。
二人とも口を押さえて涙目になりながら顔を見合わせた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ…痛ってー!!」
「っ痛ぅ…。し、進藤くん、もっとゆっくり…」
「ごめん…」
「じゃあ、落ちついて、今度が本番だよ」
「うん、今度が本番な…」
ゆっくりと唇を重ねると、今度は上手くいった。そろりと離すと、アキラが「もう一回」とねだった。
何度か触れるだけの口付けを繰り返していると、やがてアキラの舌がヒカルの唇を舐めた。
「わっ!何すんだよっ、びっくりするじゃん!」
驚いて体を離そうとするヒカルだが、握られたままの手で引き戻されてしまう。
「だって、緒方さんが女の人とキスしている時、こうやっているのを見たんだもの」
ヒカルは「緒方さん」と聞いてとっさに誰だか思いつかなかったものの、アキラが身近な大人の真似を
しているのだと言う事は理解できた。大人のする事なら、知らないキスの方法があるのだろうと推測する。



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