交際 1 - 5


(1)
 ヒカルは少し不満だった。北斗杯の予選の日に、ヒカルはアキラの本当の恋人になった。
今までがそうでなかったというわけではないが、あの夜、自分はアキラのものに、アキラは
自分のものになったと実感した。
 それなのに、アキラはあの日以来、ヒカルに触れようとしない。アキラの腕の中で、
ヒカルは頭も身体もフワフワとしていた。思い出す度、恥ずかしくて、幸せな気持ちになる。
アキラに触れて欲しい。もう一度、ヒカルを酔わせて欲しいと、強く思う。
 北斗杯の前に、アキラが社を家に泊めると告げたとき、ヒカルも行きたいと言った。
最初、アキラはいい顔をしなかった。ヒカルを泊めたくないようだった。
「だって、みんなで練習するんなら、一緒の方がいいじゃんか!」
ヒカルがどうしてもとねだると、アキラは溜息を吐きながら了承した。

 「ちぇ…」
ヒカルは手にもった荷物を振り回しながら、夜道を歩いた。後ろから、社がついてくる。
どうしてアキラは自分を拒絶するのだろう。
「オレのこと好きだってあんなに言ってたくせに…」
小さく呟いた。


(2)
 「なんかゆうたか?」
社が声をかけてきた。
「な…何でもねえよ。」
ヒカルは慌てた。そうだ。今、自分は一人ではないのだ。社をアキラの家迄、案内しなければ
ならないのに…。しっかりしなければ…。我に返って、辺りを見回す。見覚えの
ない場所のような気がする。実はアキラの家には一度しか行ったことがない。あの時は、
アキラについていけばいいだけだったが…。慌てて地図を確認する。
「…?あれ…?」
「どないしたんや?」
社が後ろから覗き込む。影がかかって、手元が暗くなった。ヒカルは社を振り仰いだ。
彼はヒカルよりずっと背が高い。小さなヒカルの身体は、社の影にすっぽりと隠れてしまう。
ポカンと見上げる。
「…?なんや?」
「社って、でっけーなぁ…」
羨ましい。自分もコレくらい大きくなりたい。
 社が少し奇妙な顔をした。その顔を徐々に自分に近づいてくる。
「―――――!?」
肩を掴まれ、キスをされた。抵抗する暇もなかった。
 すぐに社は離れたが、ヒカルは何が起きたのか理解できなかった。茫然としているヒカルの
唇に、社が再び触れてきた。


(3)
 大きな瞳が自分を見つめていた。月明かりの下で、見るヒカルの姿は何とも言えず愛らしかった。
柔らかそうな髪や、少し開けられた小さな唇に触れたいと思った。華奢な身体は抱きしめたら
折れそうだ。
 気がついたら、キスをしていた。目をぱちくりさせているヒカルが可愛くて、もう一度
唇を重ねた。
「や――――!何すんだよぉ!」
ヒカルは社を突き飛ばそうとした。威勢はいいが、声が震えている。
 可愛い…社は肩を押さえる手に力を入れた。キスをしようとすると、ヒカルは顔を
背けた。手を顔の前にかざして、社から逃れようとする。ヒカルの震えが、掌から直に
伝わる。
 手の力を緩めると、ヒカルは慌てて社から逃れた。大きな目で睨み付けてくる。目尻に
涙が溜まっている。
「なんや…ただの冗談やろ?」
「オ、オレ…オレは…冗談でキスなんかしねえ!」
袖口で涙を拭くと、ヒカルは社に背中を向けた。そのまま、地図を片手に歩き出す。
 社はその華奢な後ろ姿を黙って追いかけた。ヒカルに興味がある。もっとヒカルのことを
知りたいと思った。


(4)
 立ち止まっては地図を確認し、進んだり戻ったりして漸くアキラの家に辿り着いた。
家の中から漏れる灯りを見たときには、安堵のあまり全身から力が抜けた。

 夜道を社と二人きりで歩いている間、ヒカルは心細かった。また、押さえ付けられて、
キスされたらどうしよう…ヒカルの力では社には勝てない。社は冗談だと言っていたけど、
すごく怖かった。黙って後ろからついてくる社を気にしていない風を装いながら、ヒカルは
必死で歩いた。『どこだよ…塔矢ん家…』泣きたくなった。
 「進藤。」
社に声をかけられて、ヒカルはビクリと振り返った。
「ちょっと、見してみ。」
そう言って、ヒカルの手から地図をもぎ取る。
「さっき、この目印んとこ通ったで…曲がるとこ、一本間違えたんとちゃうか?」
社は地図をヒカルに返した。ヒカルはあっけにとられてしまった。社の大きな手が自分の
腕を取った。引っ張られるようにして、そのままもと来た道を引き返す。ヒカルは手を
ほどこうとしたが、社の力は強く、ヒカルを離そうとしなかった。
「さっきは悪かったな…せやけど、そんな怖がらんでもええやんか…」
社は素直に謝って、ヒカルを宥めようとした。けれど、ヒカルの身体は緊張で震え、足が
もつれた。
小さく溜息を吐いて、社はヒカルを離してくれた。
 暫く歩くと、見覚えのある通りに出た。ヒカルはホッと息を吐いた。チラリと社の方に
目をやった。
社は困ったような顔をしている。ヒカルの態度は頑なで、とりつく島もないからだ。
 社の悪ふざけは許せないが、迷子から脱出できたのは彼のお陰だ。
「……助かったよ…」
渋々と礼を言った。途端に、社の表情が明るくなる。鋭い眼差しに合わぬ、人懐こい笑みを浮かべた。
 一瞬、その意外な笑顔に目を奪われたが、ヒカルは警戒を解かなかった。アキラの家に
つくまでは、絶対に油断をしないと決めていた。ヒカルにとって、社はまだ得体の相手だった。


(5)
 ヒカルが声をかけるとすぐに玄関の扉が開かれた。ヒカルは、アキラの顔を見た途端、
泣きそうになってしまった。すごく不安で心細かったのだ。それなのに、いきなり怒ることはないと思った。
「だから、駅まで迎えに行こうかって、言ったろ?」
アキラのこの物言いにカチンときた。小さな子供を叱るみたいだ。アキラはいつもいつも
ヒカルを子供扱いする。
「地図があれば大丈夫だと思ったんだ!」
実際は地図があっても迷ってしまったが、それは暗くてよく道がわからなかったからだ。
それに、社がヒカルを動揺させるような真似をしたから……。だから……。
 「……もういい!塔矢も社もキライだ!」
ヒカルは靴を脱いで、勝手に上がった。アキラを無視して、奥の部屋へと入って行く。
 自分は何をやっているんだろう。せっかく、アキラと三日間ずっと一緒にいられるのに、
来て早々ケンカをしてしまった。いや、ケンカですらない。ヒカルが一方的に腹を立てている
だけなのだ。
「何だよ…塔矢のヤツ…オレに会っても全然喜んでくれねえし…」
―――――もしかして、逢いたいと思っているのはオレだけなのかな……?
この考えは、ヒカルを酷く悲しくさせた。



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