りぼん 1 - 5


(1)
オレ、12月14日が塔矢の誕生日だなんて知らなかったんだ。
だから塔矢の碁会所に入ったとたん、パンパンッ! てクラッカーの音がしたときは驚いた。

「アキラくん! 16歳、おめでとう!!」

市河さんが呆然としているオレを無視して、横に立ってる塔矢の手をつかむと中に引っ張り
込んだ。碁会所のおじさんたちがみんな塔矢のまわりに集まってくる。
「若先生、これプレゼントです」
「わたしもあります。どうぞ受け取ってください」
きれいにラッピングされた箱や包み、袋がつぎつぎに塔矢に渡されていく。
塔矢は照れくさそうにお礼を言ってる。
「ふうん、おまえ、今日が誕生日だったんだ」
「知らなかったのか」
北島さんが信じられないって顔して聞いてきた。オレは正直にうなずいた。そしたらすごい
目つきでにらまれた。
ちぇっ! こんなことくらいでそんな怖い顔しなくたっていいじゃん! 北島さんの誕生日
じゃないんだからさ。あ、塔矢のだから怒ってるのか。
「若先生の誕生日くらいチェックしといたらどうだ」
「いちいちそんなの気にしてられっかよ」
「そんなのとは何だ!!」
ひえ〜! こめかみの血管が浮き出てる。顔も真っ赤。なんか殺されそうな勢いだ。
「まあまあ、北島さん。せっかくのアキラくんの誕生日なんだから、そうカッカしないで。
ねえアキラくん、パイを焼いたのよ。食べてくれる?」
「はい、いただきます」
「あ、市河さん、オレも食べていい?」
なんて図々しいやつだ、って北島さんがぶつぶつ言ってる。
「進藤、おもしろい棋譜を手に入れたんだ。一緒に検討しないか」
「え? ああ、うん……」
塔矢の顔を見て、オレはちょっと不安になった。いつもと変わんないように見えるけど、
やっぱりオレがコイツの誕生日を知らなかったこと、怒ってるのかな。


(2)
席につくと、塔矢は石を並べはじめた。けどあまりそれに集中できない。
塔矢の表情ばかりが気になる。今なにを考えてるんだろう。ちっとも読めない。
「あのさあ、塔矢……」
「何だい?」
声の調子から、少なくとも怒ってはいないことはわかる。
けどやっぱり何か引っ掛かるものがある気がした。直感てやつ?
オレはこわごわ口をひらく。
「ちゃんと前から言っててくれたら、何か用意したのに。オレなにもないぜ?」
「うん、別にかまわないよ」
あっさりと塔矢は言う。なんかその言い方、オレにちっとも期待してないってカンジだ。
「今度やるから、何がほしいか言えよ」
「気をつかわなくていいよ。きみの言うとおり、誕生日なんてたいしたことじゃない」
「……さっきオレが言ったこと、根に持ってるのか?」
別に、って言ってるけど、やっぱりコイツちょっと拗ねてる気がする。
「なあ、本当に何かやるからさ。でないとオレ、ずるいじゃん」
塔矢は教えてなかったのに、オレの誕生日を知っていた。しかもプレゼントまでくれた。
限定物のシューズ。オレが雑誌を見ていて、ちょっと欲しいなって言ったこと、覚えていて
くれたんだ。あのときはちょっと感動した。
オレだって同じように塔矢をよろこばせたい。
「なあ、なにが欲しい? とりあえず言ってみろよ」
「……わからない?」
「わかるかよ。だってオレ、おまえが何かを欲しがるの見たことないんだぜ? あ、詰碁集
とかがいいか? でもおまえ、たくさん持ってるしなあ」
なにより、そんなのがプレゼントなんて芸がなさすぎる。そういや碁会所のおじさんたちは
何をあげたのかな。
「ボクの欲しいものがわからない?」
顔をあげた塔矢の目が光った気がして、オレは息を飲んだ。
「進藤、本当にわからない?」
その艶めいた響きに、思わずどきっとしてしまう。
「ボクが欲しいものは、いつでもどんなときでも、一つしかないんだけど?」


(3)
自分でも顔がひきつるのがわかった。
オレ、わざと考えないようにしていた気がする。だってさあ、なあ……。
そういやオレへの誕生日プレゼント、付属があったんだよな。
塔矢が「もう一つあるんだ」って言ってきて、シューズだけでもうれしいのに、他にもまだ
あるのかってオレ、めちゃくちゃ期待したんだ。
そしたら塔矢はいきなり服を脱ぎだして、「ボクをあげる」ってのしかかってきた。
もらった気なんてとてもしなかったぜ。
まあイヤじゃなかったし、って言うか、やっぱりうれしかった。
けどあのとき、オレは絶対に自分をあげる、だなんて言いたくないって思った。
だってこいつにそんなこと言ったら、何されるかわかったもんじゃないじゃないか。
それなのにこの状況はどういうことだよ。
「………………今度、なにかやるから」
「今日ほしいんだ」
塔矢もオレが気付いたってことに気付いたみたいだ。一歩も引かない。頼むから引いてくれ。
誕生日にそういうことするのって、なんかヤダ。
「進藤、ボクは」
「はぁいアキラくん、どうぞ〜」
市河さん、ナイスタイミング! 
「わあ、うまそう! このパイの上に乗ってるのってアイス?」
食べようとして、軽く手をはたかれた。
「最初はアキラくんからよっ。さぁ、食べてみて」
塔矢はフォークではしを切ると、ゆっくり口に運んだ。さっさと食えよ。オレも食べたい。
「とてもおいしいです」
塔矢がそう言うと、市河さんが頬を赤くした。何かフクザツな気分。
さてオレも食べていいよな。あ、このパイ温めてある。冷たいアイスとよく合うや。
うん、うまい。市河さん、塔矢のために一生懸命つくったんだろうなあ。
……オレだって、塔矢になにかしてやりたいって思ってる。
だから別にセックスしたっていいんだけどさ。
でもそれじゃあ、いつもと変わらないじゃないか。せっかくの誕生日なのにさ。


(4)
「今からどっかに遊びに行かないか? ついでにプレゼントも選べよ」
オレがそう言うと、塔矢はすぐに首を横に振ってその提案を却下した。
「碁を打って、そのあとキミが家に来てくれることがボクにとって最高の贈り物だ」
「そんなんでいいのかよ。いつもしてることだぜ?」
ほんの少し塔矢はイラついたみたいだ。前髪を荒々しくかきあげてる。
「ボクがいいって言ってるんだ。キミはものわかりが悪いな」
「そんな言い方ないだろ! 人がせっかく特別なことしようって言ってんのに!」
塔矢はわざとらしく長いためいきを吐いて、紅茶を飲んだ。
「何だよ!」
「両親がまた中国に行ってるから、家に帰ったらボクは一人だ。寂しいなと思ってね」
まるで捨てられるかのような目でオレを見るなよ。
「明日は日曜日だし、お互い仕事も入ってないから、大丈夫だよ」
大丈夫って何がだよ……。呆れて言葉も出ないぜ。
オレが黙ってると、塔矢が急に声のトーンを落として言った。
「……きみと付き合ってから初めてむかえる誕生日なんだ。だから一緒に過ごしてくれても
いいじゃないか」
――――今の一言はかなり、キタ。
そうだ、去年の今頃は、オレは和谷と一緒にいたんだ。まだ塔矢とはそういう関係になって
なかったから、コイツのことなんか少しも考えていなかった。
オレはいつに何があったかなんてあんまり気にしないけど、コイツは違うもんな。
ずっと覚えてるんだ。覚えてるぶん、つらいのかもしれない。
しょうがない。
コイツがいいって言うなら、(いつもやってるような気もするけど)オレをやるか。
「あのさ、塔矢……っと!」
いっけね! 碁笥に手がぶつかっちゃった。こんな机の隅に置くんじゃなかった。
あーあ、石が床に散らばっていくよ。
塔矢がすばやく立ち上がって、石を広げたハンカチに乗せていく。
「悪い、オレが拾うから」
慌ててしゃがんだオレの腕を、塔矢がいきなり引っ張った。


(5)
机のかげに隠れて、オレと塔矢はキスをした。正確にはされた、だけど。
唇がはなれると、塔矢は「もう一度いいか」って聞いてきた。
ったく。いいわけないだろ。こんなところで、こんなことすんなよ。
そう思うけど、顔を寄せてくるコイツからオレは逃げないばかりか、目も閉じた。
柔らかい感触にくらくらする。舌がものすごく甘い。
塔矢の手がオレの背中をなでて、腰のラインをたどってくる。
「……っ……ん……」
声が出そうになる。おい、そんなに吸うなよ、苦しいだろ。
オレも同じように塔矢の唾液と息を吸う。お互いの呼吸がだんだん乱れてくる。
いつのまにか塔矢の手が背中にまわって、引き寄せるように強く抱きしめてきた。
自然にオレの手が塔矢の頭を抱えこむ。もう理性なんてどこへやら、だ。
「アキラくーん、進藤くーん? どこにいるの?」
遠くから市河さんの声が聞こえてきた。オレたちはとっさに離れる。
そのときピチャッて小さな音がして、二人そろって赤くなった。
ああ、もうホントにオレたち何やってんだろ……。
「どうしたの、アキラくん」
「碁石を落としてしまったので拾っていたんです」
「えっ、大変! 石は割れてない?」
「大丈夫みたいです。後で洗いますね」
アキラくんはそんなことしなくていいのよ、と市河さんが言う。
オレは碁石を拾いながら、唇が濡れてる気がして袖でゴシゴシとこすっていた。
それを塔矢が見て、露骨に顔をしかめた。違う、イヤだったからじゃないぞ。
「……プレゼントは今のでいいよ」
ふてくされてる。なんかさ、こういう塔矢ってカワイイよな。
やっぱりオレ、コイツが好きだって思う。
「市河さん、デンワ貸してくれる? 家にかけたいんだ」
驚いてオレを見る塔矢の耳に、オマエの家に泊まるから、とささやいた。
そしたら塔矢はすごくうれしそうに笑った。なんかくすぐったい。
オレなんかでよければ、いくらでもやるよって気分になった。



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