深淵 1 - 5
(1)
「あ〜あ、遅くなっちまったな、急がねェと」
対局を終えたヒカルは一人帰路を急いでいた。陽はとうに暮れ、
あたりは闇に支配されている。月が雲に隠されているため月明かりも無い。
「あんまり遅くなるとまた怒られるからなぁ・・・近道するか」
ヒカルはいつも通っている道を外れて裏道に入っていった。両側にうっそうと
木が茂っているその道は先程歩いていたところより更に暗く、
人気も全く無いのでより一層不気味に感じられる。時折聞こえる虫の声だけが
静寂を破る唯一の音だった。
「なんか・・・気味ワリィな・・・」
闇に飲み込まれそうな感覚に陥り、ヒカルは立ち止まって小さく身震いする。
が、意を決したように再び歩き始めた。
(2)
辺りの薄気味悪さに加え早く家に帰りたいという気持ちもあったため自然と
早足になる。やっと道の半分まで来たと思ったその時、闇の中からいきなり
伸びてきた手にヒカルは捕らえられた。
「!?」
ヒカルは反射的に声を上げようとした──が、口を塞がれたためくぐもった声にしかならない。
そのままヒカルは生い茂る草むらの中へと引きずり込まれていった。
闇は暴れるヒカルを押さえつけ、そのまま側にあった木に力任せにぶつけた。
背中を強打し一瞬ヒカルの息が止まる。
「ゲホッ、ゲホッ・・・!」酸素を求めて激しく咳き込むヒカルを闇は満足そうに見つめると
どこからかロープのような物を出し、瞬時に後ろ手に縛り上げた。
(3)
「誰だ!?離せよっ!!」生理的な反応で涙目になりながらヒカルは眼前の闇に向かって叫んだ。
しかし闇は答えずにヒカルの身体を弄っていく。その気持ち悪さにヒカルは思わず身をすくませた。
「やめろ・・・よっ・・・!!」ヒカルも中3だ。何をされようとしているのかは容易に想像できる。
そして、力の強さや手の感触から相手が男だということも。男同士でそういうことが出来るのは知っていたが
それがまさか自分の身に起こることになろうとは。
ヒカルはなんとか逃れようと身を捩るがそれは強い力に押さえつけられていたため叶わなかった。
その間に男の手がヒカルのトレーナーの中に滑り込んでいき、胸の小さな飾りに触れる。
「んっ・・・!」
慣れない感触に思わず声が漏れる。その反応に気を良くしたのか続けて男は
指で飾りを摘んだりこね回したりして弄んでいく。
「は・・・あっ・・・!」
(4)
(なに・・・これ・・・オレの声か?)
ヒカルは初めて味わう背筋を駆け上がるむず痒い感覚に戸惑いながらも、
自分の喉の奥から漏れる甘ったるい声が信じられずにぶんぶんと首を振った。執拗に乳首を責めるもどかしい愛撫に身体の中が熱くなり、足がガクガクして立っていることが困難になる。
「進藤ヒカル初段だな?」
初めて男が口を開く。
「オレを覚えてるか?あの時は世話になったな。ククク・・・」
(え・・・この声は・・・まさか・・・!)
ヒカルはその声に聞き覚えがあった。
その時雲に隠されていた月が顔を出しあたりが月明かりに包まれていく。
自分をこれから犯そうとしている暴漢の顔がぼんやりと見えてきて──
(そんな・・・なんで・・・)
ヒカルの大きな眼が驚きで見開かれる。
「御器曽・・・!!」
(5)
闇から現れた顔はついこの間見ていた顔、ヒカルが対局で負かした御器曽だった。
「なんで・・・アンタが・・・」
御器曽はフッと笑みを漏らすと木に体重を預けていたヒカルの身体を
強引に草むらへと引き倒して仰向けにした。後ろ手に縛られたままの腕が
背中に当たって鈍い痛みを生み出し、草と土の匂いが鼻腔をくすぐる。
「対局に負けた腹いせ・・・といったところかな?」
御器曽は醜悪な顔をヒカルにのしかかったままその目の前に持っていき、
舐めまわすようにヒカルの顔を検分する。ヒカルは嫌悪感で顔を背けた。
「お前よく見ると可愛い顔してるじゃないか。1年ちょっと前に会ったときは
プニプニしたガキだったのになぁ」
「ふざけん・・・!」
な、と言葉を紡ごうとした唇は御器曽のそれによって塞がれる。
「う・・・んっ!」
(こんな奴に・・・嫌だ!!)
ヒカルは反射的に歯を立てた。ぶちっ、と肉の切れる嫌な感触がして御器曽が唇を離す。
「このガキっ!!」
パァン、と夜の闇の中に乾いた音が響く。一瞬の間の後、痛みと共にじわりと口の中に血の味が広がり、
ヒカルは殴られたのだと気づく。
「ふん、言っておくが助けを呼ぼうったって無駄だぞ。この辺りはこの時間全くと
言っていい程人通りが無いからな。それに男に犯されそうになってる所なんて見られたくないだろう?ん?」
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