魔境初?トーマスが報われている小説(タイトル無し) 1 - 5
(1)
ぽちゃん。
手のひらにすくい上げたお湯が手首を伝って、最後の1滴が指から零れた。
後に残ったのは、小さな波紋。 きれいな丸い弧を描きながら、浴槽の湯面に広がっていく。
……やっぱり、今日ってそういうことだよな。
ふう、と思わず溜息が洩れてしまう。
嫌なわけじゃないんだ、本当に。だいいち、俺だってそのつもりだったんだし。
だけど認めたくないけど、ここに来て怖気づいてる。この浴室から出たら、もう後戻りはできないんだってことに。
いや。
もし俺が本気で嫌がったら、和谷はなんにもしないんだろうけど。
だけど、さ。
キスなんて、数え切れないほどした。もっと凄いコトだってした。
お互いの身体の触りあいっこ。
服を着たまま他人の手が入ってくるっていう状況は、もしかしたら素っ裸より恥ずかしいんじゃないだろうか。
全身が心臓になったみたいにどきどきして、異様なほどに感覚が鋭くなって。
だから和谷の指が俺の乳首を探り当てて、短い爪でカリッと軽く引っかかれただけで、情けないほど反応してしまった。
『へぇ……進藤、こんなとこ感じちゃうんだ?』
耳元でくすくすと笑う息遣いにさえ、びくびくと痙攣に似た痺れが走った。
曰く、俺は「カンジヤスイ」身体らしい。そんなの、ちっとも嬉しくない。
俺はただ……そう、「敏感」なんだよ。
俺の身体をまさぐる手がだんだん下へ降りていって、ゆるく勃ちあがったモノを軽く握りこんだ。
指が、ぬるっと滑った感触があった。
なに? とぼんやりする頭で考えて、それが俺の「先走り」ってやつだってことに思い当たって
顔から火が出そうなほど恥ずかしくって。
わざと音を立てて扱きだしたところをみると、絶対気づいていたよな。俺が恥ずかしがってるの。
結局、俺は自分でも早すぎ! って思うほどあっけなくイッちゃって。
ぜいぜい荒い息をついてると、ジーンズからようやく出てきた指に絡まってる白い体液を嫌っていうほど見せつけられて。
『もしかして、溜まってた?』
なんて言われた瞬間には、本気で和谷を殴ってやろうと思った。そんな気力、残ってなかったけど。
(2)
「あーっ! なに思い出してんだよ、俺っ!!」
凄いハズカシイ記憶を、なんでわざわざ呼び出すんだよ。これからすることを、余計に意識しちゃうじゃん。
あ。でも、これだけやったんだから、今さらだよな。
たいして変わんないし。たぶんやることは、ほとんど同じ。ただ挿れるって行為が加わるだけで。うん、それだけの話だ。
なんてひとりで強引に納得しようとして、俺はやっと気がついた。とんでもない難問が待ってることに。
「……どっちが挿れるんだよ?」
当たり前だけど、俺も男で。和谷も男。
普通なら、そんなこと悩みもしない。っていうか、考えもしない。
だけど、両方が男の場合、どっちかが「女役」をやらなきゃセックスなんてできない。
「俺…無理だよ…」
こういうときには、後ろの穴を使うってことくらいは知ってる。アナルセックスってヤツ。
だけどさ。知ってるってことと実際にやるってことには、月と地球くらいの距離があるよな?
とてもじゃないけど、あんなところに入るなんて思えない。
入ったとしても、死ぬほど痛そうだ。痛いのは大嫌いなのに。
(3)
触りあいをしたとき、もちろん和谷のだって触った。服越しだったから見てはいないけど、大きかったような気がする。
少なくても俺のより大きい感触で、密かに傷ついた。俺だって、そんなに小さくないつもりだったのに。
あんなのが入るなんて、とても思えない。
熱さましの座薬だって抵抗あるのに。それが、このサイズだよ?
思わず握ったときのことを思い出して手で輪っかを作ってしまった。だから、なにやってんだよ俺。
「やっぱさぁ……俺に挿れたいんだよね、きっと」
なんとなくそんな感じがする。
セックスはしたことないとはいえ、キスでも触りあいっこでも主導権をとっていたのは和谷。
されるほうが気持ちイイから俺は疑問もなく受身でいたけど、大変な問題だったかもしれない。
この役割をひっくり返すのは、かなり至難の業のように思える。
じゃ、俺も挿れたいのかな?
裏返しの問いをかえしてみた。わからない。
俺だって男だし、自慰っぽいこともそれなりにしてるけど。
あんまり想像とか、したことない。ただ気持ちよくなるまで自分で扱いて、少しの罪悪感をティッシュに丸めて捨てるだけ。
別に「挿れる」ってことにこだわってるわけじゃない。ただ、痛いのは勘弁して欲しい。
「やめやめ! どうにかなるって!!」
考えれば考えるほど、深みにはまっていってしまう。
だいたい俺って、考えすぎるとろくなことないんだよな。ぐだぐだ悩んでる暇があったら、さっさと行動だ。
そう自分に言い聞かせて、浴槽を出た。
バスタオルで水気を拭く手がかすかに震えていたのは、きっと湯冷めしたせいだ。
(4)
「進藤。髪、乾かすだろ? やってやろうか?」
ぽたぽた雫を落としながら部屋に戻って尋ねられて、慌ててぶんぶんと首を振った。
そんな、今の状況で大人しく座って髪を乾かしてもらえるほど図太くない。きっととんでもないことを口走ってしまう。
だけど向こうから話しかけられて、ちょっとホッとしたのも事実。
なに話していいのかわからなかったし、もしかしたら部屋に戻るなりその……はじめちゃうのかなって身構えていたから。
もう少しだけ、心の準備の時間が欲しかった。
ドライヤーの音のおかげで、会話がないのも不自然じゃない。
だけど熱風が顔に当たって、ますます頬が火照ってくるのを感じる。
まだ生乾きっぽい状態だったけどドライヤーを熱風から冷風に切り替えて、しばらく頭をさますことにした。気持ちいい。
だけど、これが終わったらとうとう、だよな。
ちらりと鏡越しに、後ろでぼんやり雑誌をめくっているはずの和谷を見た。
雑誌は床に伏せられていた。
目が、あった。
あ。
冷えたはずの身体が、熱い。
ドライヤーの電源を、ついに切った。ことさらゆっくりと後片付けをしたのは、焦らしてるからなんかじゃない。
和谷の視線が俺だけに注がれているのを感じて、それだけで。
もう、どうしようもなく。どうしようもなく、身体の奥のほうからざわざわした妙な感覚が、湧き上がってきて。
(5)
「進藤」
俺の名前を呼ぶ声は、熱に浮かされてるみたいに掠れていた。
違う。熱でおかしくなってるのは、俺のほうかも。
だって、ほら。足元がふらふらして考えが全然まとまらない。
わかってるのは、和谷のところへ行かなきゃいけないということだけ。
狭いはずの部屋が異様に広く感じる。長い長い距離を歩いて、やっと和谷のところに辿り着いた。
「進藤・・・」
ゆっくりと抱きしめられる。和谷の胸から、俺と同じボディソープの香りがした。
いつもと違う匂いだけど、このあったかい胸と嫌味じゃない程度に筋肉のついた腕は、まちがいなく和谷のもの。
俺の大好きな、和谷の腕の中の空間。
軽く上を向かされて、俺は無意識のうちに目を閉じていた。
すぐに唇に温かいものが降ってくる。こういうところが与えられることに慣れきってる証拠だよな、って自分でも思うけど。
「っん…っ」
遊びみたいな軽いキスが、だんだん長く深くなっていく。
和谷の舌が俺の口の中に入ってきて、歯並びを確かめるように舐めまわす。
遠慮の欠片もない動きだと思う。だけどそれに嬉々として応える俺は、もっといやらしくて変態なのかも。
口の中から響いてくるぴちゃぴちゃという音に、すっかり煽られてる。
そして全身がトコロテンみたいにぐにゃぐにゃになったころ、そっとベッドに横たえられていた。
和谷が俺の上に覆い被さってくる。俺に体重をかけ過ぎないように、そっと。
ああ、いよいよ。始まっちゃうんだ。
ベッドのスプリングが小さく軋んで、始まりの合図を知らせてくれた。
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