とびら 第一章 1 - 5


(1)
とっぷりと陽が暮れ、ぼんやりとアパートが闇の中に浮かび上がっている。
そのアパートの階段をけたたましい音を立ててのぼる二つの影があった。
「ひゃー疲れた」
「おい進藤! そんなところに置くなよ。ドアが開かないだろ」
「さっさと開けろよ。オレ腹が減ってんだから」
「ったく」
和谷はぶつぶつ言いながらも鍵をまわした。開けるのと同時にヒカルが中にすべり込んだ。
すぐに悲鳴に似た声があがった。
「うわっ、すげェ寒い! 暖房つけてくれよ!」
11月に入り、気温はいちだんと下がっている。部屋もすっかり冷え込んでいた。
しかし和谷はそっけなく言った。
「そんなのない。こんど家からヒーター持ってくるから、今日はガマンしろ。いいな」
「わかったよ。あーあ寒いな、っと」
ヒカルは靴を脱ぎ捨て、部屋にあがりこんで電気をつけた。そして折りたたみの机を出すと
その上に袋の中身をぶちまけた。
ヒカルの好きな炭酸系の飲み物の他に、サンドイッチ、おにぎり、サラダ、から揚げ、肉まん
と、さまざまな食べ物がところせましと並び、転げ落ちた。
「もっと丁寧に置けよ〜」
戸締りをし、和谷は呆れた声を出す。
「早く食おーぜ」
おにぎりの袋を破り、ヒカルはぱくついた。遠慮というものを知らないな、と思いつつ
和谷も負けじと続いた。腹はヒカルに劣らず空いていたのだ。
「しかし今日の指導碁は疲れたよな。あの爺さん、すっごい頑固なんだもん。
“この手のどこが悪い!”のそればっかしでさ」
和谷は軽く笑った。本人はうんざりしているようだが、周りから見れば祖父と孫のたわいない
言い合いのようだった。
「……なに笑ってんだよ」
「いや、別に。ただ俺はあの爺さん、けっこういい人だと思ったんだけどさ」
その老人はヒカルが今年の春から夏にかけて手合いをさぼったことを、ある客が口さがなく
言ったとき、それを一喝してくれたのだ。
「んー、まあ、それはオレも……」
言いかけたがヒカルは言葉を切った。照れくさいのだろう。
ヒカルはそれをごまかすように、きょろきょろと目をあたりにやった。
「あ、和谷テレビ買ったんだ」
「ああ中古のな。トーナメント戦の中継が見られるし、これくらいなら置いてもいいかなって」
「ふーん。オレは冷蔵庫のほうが必要だと思うけどな。ここいつ来ても食べもんないんだもん」
「ほっとけ」
ヒカルは手を伸ばし、チャンネルをまわした。
膝をつき、背を伸ばしているヒカルを見て、和谷は一瞬どきりとした。


(2)
相変わらず華奢だ。肩幅もまだそれほどない。首筋の辺りが涼しげで、きれいだ。
(背は伸びたけど、中身はどうだか……)
自分が妙な目で見てしまったことをごまかすように、和谷は心の中でつぶやいた。
「おい、見てみろよ和谷」
ヒカルに呼ばれ、和谷は画面を見た。そして固まった。
裸体の女が切なげにこちらをみていた。ベッドの上で艶かしく身体を動かしている。
「もしかして和谷、これを見るためにテレビ買ったんじゃ……」
「なわけねえだろっ」
顔を真っ赤にして叫んだ。だが目はテレビに釘付けだった。
和谷だって年頃の少年らしく、性のことには関心がある。
どこからか男が現れ、女の唇にしゃぶりついた。
自分の下半身が熱を持ち始め、慌てて和谷はヒカルを押しのけると電源を切った。
「ちぇっ」
ヒカルは舌を鳴らしたが、特に見たがるわけでもなく、また食べ始めた。
和谷は心を落ち着け、深呼吸をした。ふと視線を感じた。
「なんだよ」
「和谷はキスしたことあるか」
喉にパンのかけらを詰まらせてしまった。咳き込んでお茶を流し込む。
「何を言ってんだよ! おまえは!」
「怒ることないじゃん。ちょっと聞いてみただけなのに」
唇を尖らせるヒカルに、和谷の心臓は激しく鼓動を打った。
心なしか、ヒカルの目が潤んでいるように思える。頬も上気したように赤い。
「しんど……」
「オレさあ、キスしたことないんだよね。だからどんなのかちょっと興味あるんだ」


(3)
きれいな色の、つやめいた唇に嫌でも目がいった。和谷はそらそうとしたができなかった。
ヒカルはもっていた缶をかたむけた。のどが上下に動く。それさえ刺激的に思えた。
「あ! それ酒じゃないか!」
「ああ?」
ジュースかと思っていたが、その手にあるのはよく見れば酒だ。しっかりとアルコール度数
が書かれている。3%……はっきり言って低いが、どうやらヒカルはほろ酔い気分のようだ。
「しょうがないやつだなあ」
立ち上がって水を汲もうとした和谷の袖が引かれた。
「なんだよ」
「キス、してみないか?」
「おまえなあ……」
「いいじゃん、別に。なあしようぜ」
上目遣いでヒカルは誘う。別にこの冗談に付き合うのもいいかもしれない。和谷はそう自分に
言い聞かせながらかがみこんだ。
ヒカルはまぶたを閉じた。まつげが影をつくる。和谷はおそるおそるその唇に触れた。
それはしめっていて、驚くほど柔らかかった。
和谷はすぐに離れた。ヒカルは首をかしげた。頬に髪がかかる。
「ん〜、よくわかんないや。もう一回」
無邪気に笑うヒカルはどこか蠱惑的だ。見えない力に引き寄せられるように、またかがんだ。
薄くヒカルが口を開いたので、和谷はそっと舌をさしいれた。
ふわ、とぶどうの風味が和谷を包んだ。ヒカルの飲んでいた酒だ。
唾液が甘い。和谷はそれを夢中で吸った。ヒカルも和谷に応えるように舌をからめてきた。
いつのまにか和谷はヒカルを畳に押し倒していた。


(4)
ヒカルはおとなしく和谷のキスを受け入れていた。
和谷は口付けながらなぜ、自分がこんなことをしているのかわからないと思った。
相手は同じ男だ。それなのに自分はたしかに欲情している。
(……俺、何やってんだ)
ヒカルから離れようとした。だが頭を抱え込まれた。
「ん、んっ」
のどの奥が鳴った。心臓は締め付けられるように痛いが、頭にかかる手の重みは心地よい。
和谷はヒカルの下唇をついばんだ。吐息混じりに「進藤」と呼びかける。
ヒカルは再びしっとりとからみついてきた。息を継ぐ間さえない。
思考が次第にあやしくなってくる。無意識のうちにヒカルの服の中に手を入れていた。
うすい胸板だった。なめらかで気持ちがいい。和谷は無心にヒカルの腹や胸を撫でた。
するとヒカルは和谷の手から逃れるように身体をよじった。
「くすぐったいよ、和谷」
笑んだ目尻に涙が浮かんでいる。和谷はそれを吸った。しょっぱかったがもっと欲しかった。
さらに激しく撫でるとヒカルは身体を揺すって笑った。その笑い声が和谷を惹きこんでいく。
ふと手に突起が触れた。柔らかいそれをそっとこすってみる。
するとさっきまで笑い声を立てていたヒカルが切なげな声を漏らしはじめた。
「ふぅっ……ん、やだ……さわるなよ……はぁ……」
和谷はヒカルの上着をまくりあげた。日に焼けた健康そうな肌が目に飛び込んでくる。
自分の手に、赤く色づいたヒカルの乳首があった。


(5)
つまんだり、ひっぱったり押しつぶしたりするうちに、ヒカルの乳首は硬く勃ちあがってきた。
「ん……和谷ぁ……やめ、てくれよ……」
ヒカルが懇願するが和谷はこらえきれずに乳首を口に含んだ。
少しのふくらみもない胸だが、和谷にとってそれは問題ではなかった。
歯を立てると、ヒカルの身体がびくりとふるえた。
「はぁっ……んぅっ……」
こらえるようにうめく声は色っぽく、扇情的だった。
和谷は手を下へと這わした。もどかしく思いながらベルトを外し、チャックを開けると
中へと手をすべらした。すでに硬くなっているそれに触れたとき、和谷は安堵した。
ヒカルが男で良かった、と思った。
女のほうが都合がいいということはわかる。
だがこうして自分の手によって反応するヒカルが女だったら、自分は失望していただろう。
なぜだかはわからないが。
さして抵抗を感じることもなく、和谷はヒカルのペニスを握りこんだ。
「ああっ! やだやだっ! やめろよ、和谷っ!」
いきなり酔いが醒めたようにヒカルは暴れだした。仕方なく和谷は手を放した。
下半身を隠すようにヒカルは身体を丸め、自分をにらんできた。
まるで猫のようだ、と和谷は思った。
気まぐれで、わがままで、爪を立てる、高貴な猫。
「……逃がすもんか……」
和谷は低くつぶやいた。



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