とびら 第四章 1 - 5


(1)
アキラは棋院に入るとエレベーターを使わずに階段をのぼった。
そして清掃中という札のかかったトイレへと入った。中には和谷がいた。
まるで逢引のようだ、とアキラは思った。
「何のようだ、和谷」
前も同じような言葉で口を開いた気がした。
「わかってんじゃないのか」
アキラは首を振った。ヒカルのことだとはわかるが、和谷が何を自分に言うつもりなのか
見当もつかなかった。
昨夜、ヒカルの家から帰ったアキラに和谷から電話があった。
一方的に言い、返事を待たずに切られた。こういう強引さははっきり言って不愉快だが、
和谷ならしかたがないなという気がした。
「手短に話してくれ。このあと予定がある」
「……進藤とか」
「そう、一緒に原宿に行くんだ」
そう言うと思いつめたような表情をしていた和谷の顔が呆気にとられたものとなった。
「おまえが原宿に? 似合わねえな。巣鴨でとげ抜き地蔵を撫でてるほうがよっぽど……」
アキラの鋭い視線に気圧されたのか和谷は口を閉じた。
「……ちょうどいいや。これ、進藤に渡してくれないか」
リュックと紙袋を突き出された。アキラは受け取らずにそれを見た。
「進藤が忘れたものか」
「そうだ。紙袋の中には靴下とかコートとかの衣類が入ってる」
「おとといのか」
「……そうだ」
一昨日―――アキラにとっても和谷にとっても忘れられないものとなった夜だ。
「渡してほしい」
懇願するように言い、和谷は押し付けてきた。だがなおもアキラは手を出さなかった。
「自分で渡したらどうだ」
「俺はもうあいつに合わせる顔がない」
沈痛な声だった。和谷がヒカルをあきらめようとしているのがわかった。
だがアキラはそれを喜べなかった。喜ぶ心境になどなれるはずがない。
昨日のヒカルの言葉を聞いては。


(2)
初めてヒカルからキスをされた。アキラはその事実に舞い上がった。
嬉しくて、唇を離した後もアキラはしばらくヒカルを抱きしめつづけた。
汗の匂いが混じった髪に顔をうずめ、いつまでもこうしていたいと思った。
そんなアキラにヒカルは呼びかけてきた。
「塔矢、オレ、選べない」
心臓が凍りついた。ヒカルの一言は簡単にアキラを奈落へ突き落とすことができる。
「オレにはどっちも必要なんだ。でも二人がそれをイヤだって言うのもわかる。だから
オレには何も言う権利がない。それでも、オレは二人とも欲しいんだ……」
アキラはヒカルを見た。真摯なまなざしで自分を見つめてくる。惹きこまれる。
「塔矢はオレが和谷に抱かれたら、抱くことはできないか?」
アキラは首を振って否定した。できないならとっくの昔にヒカルを抱くのをやめている。
だがアキラはヒカルが自分だけのものになってほしいのだ。
和谷と共有など決してしたいわけではない。
それを言おうと思ったが、ヒカルの目を見たら言葉が霧散してしまった。
ヒカルは贅沢で、わがままで、自分勝手で、本当はちっとも自分たちのことなど考えて
いないではないかと思った。
だがこんなふうに視線をそらすことなく自分を見つめ、正直に胸のうちを告げるヒカルに
逆らう方法を自分は知らない。
「きみが和谷に抱かれたいのなら、そうすればいい。僕は」
言葉を切り、平静さをよそおってアキラは言った。
「僕は、気にしない」
ヒカルの安堵した顔を見て、自分も安堵していることに気付いた。
そうだ、切り捨てられたわけではない。まだわからない。
これから自分だけだと言わせるように努力すればいいのだ。
アキラはそう自分に言い聞かせた。
だが「ありがとう」、と言いながらもう一度唇を寄せてきたヒカルに、何か違和感のような
ものを覚えた。
何かがずれているような感覚。だが結局それが何なのかはわからぬままだった。


(3)
「……や、塔矢。おい、塔矢!」
和谷に呼びかけられてアキラは顔をあげた。しばらくぼんやりしてしまったらしい。
「とにかく、これを渡してくれよ」
しつこいくらいにその言葉をくりかえす。アキラは皮肉っぽく笑った。
「自分のしたことから目をそむけるのか。自分で渡して、進藤に謝罪したらどうだ」
「できるもんならとっくにしてるさ!」
和谷は吐き捨てるように言う。前髪をくしゃりとつかみ、歪んだ笑みを浮かべた。
「……全部、言い訳にしかならねえんだ。許してほしいと思う。けど、そう思う自分自身
を俺は許せないんだ。あんなことをしておいて、許してほしいだなんて虫が良すぎる」
「それできみは謝らずに彼から逃げつづける気か」
「とやかく言うな! おまえだって俺がいないほうがいいんだろ!」
もちろんその通りだ。
だが他ならぬヒカル自身が和谷を求めているというのだから仕方ないではないか。
もしこのことを言えば少しは和谷の背中を押すことになるかもしれない。
しかしそこまで親切になる気はない。
「きみも僕も彼からは逃れられない。いろんな意味で。第一、僕たちはプロ棋士だ。
いやでも生涯を彼とともに生きることになる。逃げるなよ」
いきなり胸倉をつかまれた。
「簡単に言ってくれるじゃねえか! おまえにわかるものか! 告白したその日に、その
相手を犯すようなことをした俺の苦しみが!」
「自分が悪いんだろう。それにそう言うことなら僕もきみと似たようなものだ」
ヒカルの中学に行ったとき、そんなつもりはなかったのに、結果的には無理やりヒカルを
犯してしまった。
だがヒカルは自分を責めなかった。同じように和谷のことも責めないのだろう。
和谷の手がゆるんだ。自分よりも少し背の高い和谷が見下ろしてくる。
何かに導かれるように、二人は唇を合わせていた。


(4)
強引に和谷の舌が入ってきて、アキラの歯の裏側をなぞった。
アキラは応戦するように和谷の上あごを舐めた。
唇に噛みつかれたので、同じように思い切り和谷の唇に歯を立てた。
血の味が混じる。少しの優しさのない、激しいキス。いやキスと言えるかどうか。
息を弾ませながら二人は離れた。にらみ合ったまま立ち尽くす。
アキラは和谷から目をそらさずにカーディガンを脱ぎ捨て、その下の長袖も床に放った。
同じように和谷も一気にトレーナーとシャツを脱いだ。
「つっ」
肩に痛みが走った。肌に食い込むほど爪を立てられ、押さえつけられていた。
和谷はアキラの小さな悲鳴など気にしないように、身体中に歯形をつけていく。
このまま傷を付けられるのは本意ではないので、アキラはその背中や胸を引っかいた。
すう、と赤い線ができる。だが血は出て来なかった。
乱暴にずぼんを脱がされ、アキラは洗面台へと乗せられた。
和谷は蛇口をひねり水を出した。手を浸すと、そのまま下着の中に入れてくる。
「……くっ」
初めて自分の中に入ってくる感触にアキラは腰を引きかけた。
だが歯を食いしばってその侵入に堪えた。
事務的に和谷は肛門を広げてくる。水の流れる音が他の音を消す。
和谷はアキラのペニスには触れてこない。それでもアキラは勃起していた。
自分の中を侵す和谷の指が時おり刺激するからだった。
だがそれが気持ちいいというわけではない。少しも興奮せず、頭の中は妙に冴えていた。
アキラは手を伸ばし、自分で和谷のベルトをはずし、ファスナーをおろした。
和谷のペニスも怒張しており、先走りが幾筋も伝っていた。
下着を剥ぎ取られ、尻に洗面台の冷たさを感じた。だがそれにいつまでも気をとられては
いられなかった。
和谷が自分の腰を持ち上げ、ペニスを勢いよく入れてきたからだ。
「ぐぅっ……」
いきなり奥まで入ってきて、アキラは息苦しさのあまり呻いた。
だが声をのどの奥で閉じ込めた。少しも声をあげるつもりはなかった。
和谷も同様らしく、息を荒くしているが声を出さない。


(5)
和谷が腰を振りはじめると、今度はものすごい痛みが身体を支配した。
(こんなに痛いのに進藤はよく抱かれる気になんかなるな)
いや、ちゃんと前戯をほどこせばこの痛みも快感に変わるのだとはわかるが。
それにしてもこの痛みは生半可なものではない。
こんな痛みを感じさせないようにヒカルを抱きたいと改めてアキラは思った。
(優しく抱いて、感じさせて、喘がせて――――)
突き上げられた反動で、ごつんと頭が鏡にぶつかった。
無性に腹が立ってアキラは和谷の頬をなぐった。
するとさらに和谷はえぐるように腰を進めてきた。もう入らないというのに。
「……下手くそ!」
アキラは思わず叫んだ。痛いばかりで少しも感じない。
「おまえこそっ、ちっとも具合が良くないぜ!」
「そ、んなんで、進藤をよく抱けるな!」
「進藤を抱くときはもっと気をつかうさ!」
視界がぶれる。だがアキラはぼやけた和谷にむかって笑った。
「よく言えるね。それじゃあ一昨日の進藤の様子はどういうことだ」
思いのほかはっきりとした口調で言うことができた。
和谷の動きがとまった。アキラを見据えてくる。
「あいつの調子はどうなんだ」
「もっと早くその言葉を聞きたかったね。自分のことばかり言ってて呆れたよ」
腹に力をこめる。汗が身体中を流れていく。
「僕が迎えに行った、彼を。かわいそうに、進藤は傷だらけだった」
おまけに和谷の隣に住んでいるとかいう男に襲われかけていた。
あんな夜中にヒカルを一人で帰らせた和谷の無神経さが信じられない。
アキラは和谷の顔をつかんだ。
「進藤の様子が知りたければ、自分で見るんだね」
そこでもうアキラはしゃべることなどできなくなってしまった。
和谷の動きが激しくなり、自分の奥へと射精されたからだ。
今まで味わったことのないその感触にアキラは目がくらんだ。



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