とびら 第五章 1 - 5


(1)
ヒカルはエレベータを六階で降り、奥まったところにある対局部屋へと向かった。
森下などの高段の棋士たちが集まっている、洗心の間を横目で通り過ぎる。
今日は木曜日で高段者の対局の日だ。と言ってもヒカルの対局はない。
部屋のなかに入ると、すでに和谷はいた。ヒカルはすぐに文句を言った。
「何で棋院に呼び出すんだよ」
「森下師匠と待ち合わせしてるから仕方なかったんだ。今日は師匠の家に行くから」
「じゃあ今日でなくても良かったんじゃないのか」
「いや、今日じゃなくちゃいけないんだ」
「ったく、何で和谷の都合に合わせなきゃいけないんだよ。オレだって忙しいんだぞ」
ヒカルは和谷がしつこく頼むので、学校を休んで来たのだ。
母親に卒業が近いのだから、行ける日は行ってほしいのだけど、と小言を言われた。
だから少しヒカルは不機嫌だった。
「悪かったよ。まあ座れよ」
しぶしぶ座る。ヒカルがこんな気分なのには、もう一つ理由があった。
何とか仲直りをしたのに、和谷はちっとも自分に触れてこないのだ。
どうやら傷があるうちは自粛するという気でいるらしいのだが、それが腹立つ。
(オレはいいって言ってるのに。和谷って分からず屋だよな)
おまけに大切にしたい、甘やかしたい、などと言っていたくせに、実際は研究会などで、
ヒカルが無知なことを言うと遠慮なく茶化して笑う。ひどいではないか。
「進藤。こっちを向けよ」
呼びかけられるがヒカルはそっぽを向いたまま、知らんぷりをした。
「おい、進藤ってば」
腕を強くつかまれた。ヒカルは抗議の声をあげようとした。
だが大きく開けた口に何かが放り込まれた。
途端に甘い香りが鼻のあたりまで広がってくる。この独特の風味は――――
「チョコレート……」
しかも生チョコだ。口内の熱ですぐに溶けてしまう。
和谷の手には“コージコーナ”というロゴの入った小さな包みがあった。
ヒカルはなぜ今日なのかを理解した。そういうことだったのか。
こういうイベントを気にする和谷が何だか可愛く思えた。頬は自然とゆるんでいった。


(2)
雛鳥のように食べさせてもらう。ミルクチョコレートなので甘いが、くどさはない。
顔を見合わせ、微笑む。二人のまわりの空気までもが甘く溶けていくようだ。
ふと、和谷の指先についている粉が気になった。
衝動に耐え切れず、その指をぱくりとくわえ、舌で粉を舐め取った。
和谷はそのヒカルの突然の行動に、顔を真っ赤にさせた。
「進藤っ」
「もったいないじゃん。ほら、もう一つくれよ」
請われるままに、和谷はさしだしているヒカルの舌にチョコをのせる。
「う〜ん、うまい。和谷も一緒に食べようぜ」
「いや、これはおまえのために……」
「いいから。オレ一人で全部は食えねえよ。だから食えよ」
強い口調でうながすと、和谷は一つを口に運んだ。
ヒカルは和谷の口の中に消えていくチョコを目で追った。
「たしかにうまいや」
そう言いながら和谷はまた一つチョコをつまんだ。あごが上下に動く。
ヒカルは思わず身を乗り出し、唇を押しつけた。いま含まれたばかりのチョコを探す。
チョコはその形をほとんど残していなかったが、かまわずに舌でそれを奪いとった。
自分の食べているものよりも甘い気がした。
「進藤、俺のをとるなよ……」
チョコの匂いのする息が顔にかかる。自分の息も同じ匂いがする。
「だって和谷の食べてるほうがおいしそうに見えたんだ」
「……ふーん、じゃあ」
和谷はチョコを口に含み、おもむろに手をヒカルの頬に添えてきた。
唇が触れるのと同時に、とろとろとチョコが流し込まれてきた。
ヒカルはそれをゆっくりと飲み下していった。
和谷と同じ熱さを持ったチョコ。
糸を引く唾液が茶色い。ヒカルはそれを指にからめ、和谷の頬にすりつけた。
和谷が熱を持った目で見てくる。きっと自分も同じような目をしているに違いない。
そっと近付き、和谷の立てた足の間に身体をすべりこませ、わざと膝を股間にあてた。
ヒカルは耳元に口をよせ、息を吹きかけながらささやいた。
「和谷……オレ、あの日以来、してないんだ……」


(3)
“あの日”という言葉に和谷は顔を歪ませた。
「進藤、俺……」
「もう聞き飽きたよ」
苦しげに謝罪しようとする和谷をヒカルはやんわりと制す。
「それにもう、あんなふうオレを扱ったりしないんだろ?」
答える代わりに、和谷はヒカルを優しく抱きしめてきた。
指が耳に触れてくる。
和谷はしばらく輪郭をなぞっていたが、やがて耳たぶを口に含み、しゃぶりはじめた。
「あ、ちょっ、くすぐった……んっ」
舌が耳の中へと入り、くちゅくちゅと音をたてながら舐めまわした。
時おり軽くかまれ、ぞくぞくするような刺激が下半身に響いた。
いつのまにかベルトを外され、ジッパーもおろされていた。
屹立したペニスを強くしごかれる。自慰とは比べものにならない快感。
ヒカルはそれに耐えようと、和谷の肩を強くつかんだ。
「あっ、あぁっ!」
ぬめった先端を腹の指で押しつぶされ、ヒカルは声をあげてしまった。
しぃ、と和谷が小さな声で諭す。ヒカルはうなずき返した。
手のひらで自身を覆われ、絞り上げるようにこすられた。
ヒカルのものはさらに大きくなり、今にも弾けそうだった。
膝に触れる和谷自身も、服の上からでもそれとわかるほど熱くたぎっている。
「進藤、膝を立てろよ」
言われるままに膝を立てる。するとペニスがちょうど和谷の顔のあたりにきた。
和谷はヒカルの腰を支え、ためらうことなくそそり立ったそれをくわえた。
先端のくぼみを執拗に舐められ、ヒカルは腰がくだけそうになった。
愉悦の波が来る。くん、と首をのけぞらせ、ヒカルはその波にのった。
「――――んぁあっ!」
ほどなくしてヒカルは和谷の口内に飛沫を放った。
「んんっ……!」
同時にくぐもった声が遠くから聞こえた。ヒカルは荒く息をつきながら和谷を見た。
ヒカルの精液を飲む和谷の目は陶酔しているようだった。


(4)
ヒカルは萎えたペニスを和谷の口から引き抜き、力なく座り込んだ。
しかし興奮はまださめていない。触れられればすぐにでも勃起するだろう。
そう思いながら自分の股間を見たとき、ヒカルは仰天した。
紅くなっている先からは未だに粘液が溢れ出ていたのだ。
それは畳を濡らし染みを作っている。慌ててヒカルは袖で雫をぬぐい取った。
(なんかオレ、すげぇやらしいかも)
恥ずかしくてヒカルは頬を赤くした。ふと和谷の様子が気になった。
まだ和谷は達していないはずだ。しかしその表情はまるで――――
「和谷、もしかして、イッた?」
和谷もまた、恥ずかしそうにうなずいた。
「え、でも……」
ヒカルは疑問に思った。自分は和谷のものに触れていない。それなのに何故だ。
決まり悪そうに和谷はかすれ気味の声を出した。
「おまえの、イクときの顔を見たら、俺も……」
みなまで言わなくてもわかってしまった。二人ともまるで初めてのように照れあった。
「あーあ、下着が濡れて気持ち悪いや」
「じゃあズボンごと脱げば?」
和谷ののどが動いた。ヒカルはその出っ張りを指先で撫でた。
「オレ、こんなんじゃ足りない」
一度、絶頂を迎えたことが引き金となり、身体はさらなる熱を求めていた。
奥がどうしようもなく疼き、それを癒してほしくてたまらない。
「でもこんなとこでやるのは……」
「んじゃトイレに行く?」
「トイレでは絶対にしない」
思いの他きっぱりと言う和谷にヒカルは少なからず驚いた。
「何で?」
「何ででも」
ヒカルは首をかしげたが、まあいいかと思い、下半身につけていたものを取り払った。
次に手を和谷の股間に這わせて、すでに大きくなっているそれを引きずり出した。
「……本当にするぞ」
ヒカルが首を縦に振る前に、和谷の指が後ろへとまわってきた。


(5)
表面をほぐすように指は動く。入ってくるのを今か今かとヒカルは待つのだが、和谷は
焦らしているのかなかなか入れてこない。
「自分でいじったりしていたか?」
空いている左の手でヒカルの尻を揉みながら和谷は尋ねてきた。
「ばっ! しねぇよ、そんなことっ」
和谷は赤くなったヒカルを見、それからそこに指先を押し込んだ。
広げるというより何かを確かめるように、指はヒカルの中をこすりあげていく。
「ホントだ。狭くなってるな」
どこか和谷はうれしそうに言う。ヒカルの腰をさらに浮かせ、動きを早めた。
指はヒカルの感じるところをしつこく突いてくる。
すると和谷の腹を突き刺すように、ヒカルのペニスが勃ちあがってきた。
先からあふれる蜜が和谷の服をぬらしていく。
「進藤、口を開けろ」
すでに半開きのヒカルの口に、和谷の左の親指と小指以外の3本が差し込まれてきた。
指は口内の粘膜をさすり、あふれてくる唾液をすくいとる。
ヒカルは舌をからませ、無心でそれをしゃぶった。だが指は引き抜かれた。
口がさびしくなり、ヒカルは我知らず「もっと舐めたい」、と言っていた。
だが指は口に戻ってくることはなかった。いや、“上の口”には、だ。
和谷はすでに指が入っている後孔へ、その唾液にまみれた指を突っ込んできたのだ。
ヒカルはいきなりの圧迫感に短い悲鳴をあげた。
両手の指で押し広げられ、空気に触れることのないそこに冷気が入ってきた。
何本そこに入っているのかわからない。
前を刺激されなくても、ヒカルは何度も達しそうになった。
だがその瞬間、和谷の指の動きが緩慢になり、ぎりぎりでイケないのだ。
むきだしのヒカルのふとももに和谷のいきりたったものがあたる。
「いい加減にしろよ……っ」
いつまで焦らす気だ。自分だってはやく挿入したいはずだ。
そんな批判の意を込めて言ったのだが、和谷は動じない。
「痛くないように、ちゃんとほぐさないといけないだろ」
本気で言っているような言葉に、ヒカルは頭にきた。



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