とびら 第六章 1 - 5
(1)
――――進藤、おまえはどう思う?
和谷は森下の言葉に心臓をわしづかみにされたような衝撃を受けた。
それは、ヒカルと森下の対局の翌週の研究会のことだった。
みなで検討していたのはアキラと緒方の一局だった。
この一局はすごい。今や二冠である緒方によく食らいついている。さすがは塔矢アキラだと、
みなが口々に言うなか、和谷はつまらない顔をして盤面を見ていた。
(けっ! アイツは名人の息子だから、普通のプロよりも恵まれてんだよ)
そう毒づいて、すぐに虚しくなった。いつからこんなにひねくれた物の考え方をするように
なったのだろう。隣にいるヒカルをちらりと見た。
愛しさで胸がつまりそうになる。なのに一方で相反する感情があった。
それはアキラに対して抱いているものと酷似していた。和谷は手を握りしめた。
(違うっ。俺は進藤が好きだ。塔矢なんて関係ない)
白川が何かを言いながら石を並べると、それに都築が答える。
若年である和谷とヒカルはあまりでしゃばらない。
「んー、塔矢くんのこの一手、ここはどういう狙いなんでしょうね」
「こっちの石を攻め取ろうとしてるんじゃないのか」
「そうだとしても、そんなの緒方さんには通用しないと思うけど」
みなで考え込む。ふむ、と森下は顎をなでて、和谷たちを見た。
どうしよう。意見を求められても自分は答えられない。
焦る和谷から森下は視線を外し、それをヒカルに向けた。
「進藤、おまえはどう思う?」
「オレは、たぶん塔矢の狙いはここだと思う」
ヒカルの指が迷うことなく盤面の石を指す。その口からはまったく違った解釈が語られる。
だが和谷は呆然としていたため、ヒカルの言葉は耳に入ってこなかった。
(師匠が、進藤に意見を聞いた……)
森下は別に段が下だからといって差別したりはしない。
だが自分から言わないかぎり、こんなふうに強いて聞いてくることもない。それなのに。
(2)
ヒカルの考えにみなが真剣に耳を傾ける。ヨミが深い、と感嘆する。
自分とは才能が違うと思い知らされる。アキラを思い出す。
プロ試験の時も、和谷はアキラを前にしてまったく歯が立たなかった。
才能の差というものをつきつけられた。今また、その刃の切っ先が目前にある。
ヒカルが向けているのだ。
「進藤くんは思いがけないところに目をつけますね」
白川の言葉に森下はうなずき、石を崩して新たに並べはじめた。
「この間の俺と進藤の一局だ」
誰もが息を詰めて見入る。途中まではヒカルが優勢だったが、森下の鋭い一手によって逆転
してしまっている。それを見て和谷はなぜか安心した。
「こういう碁だったんだ。結局おまえの石、バラバラじゃん」
和谷が軽口めいて言うと、森下がきつい声でそれをたしなめた。
「進藤はなかなか良く打った。次はもっと成長しているだろう。和谷、おまえもそんなこと
言ってないで、しっかりやれよ」
「…………はい…………」
その後、本当に和谷は研究会に身が入らなかった。
「……や、和谷ってば聞いてるか?」
「え? ごめん、なんか言ったか」
ヒカルは怒ったように頬をふくらませ、缶ジュースをかたむけた。
口元をぬぐうと、さっき言ったであろう言葉を繰り返した。
「だから、塔矢と緒方先生の一局、おもしろかったなって言ったんだよ。アイツ絶対に勝つ
気で打ってたぜ。だから負けて悔しかっただろうなぁ」
「……なんでわかんだよ」
低い声でつぶやく。ヒカルは聞こえなかったらしく、「なに?」と言ったが和谷は黙っていた。
ヒカルはアキラの一局を、研究会が終わってもまだ言い続ける。
やめてほしかった。
二人でいるのに、たとえ碁であろうとアキラのことなど言ってほしくない。
和谷は自動販売機にヒカルを軽く押し付けると、すかさずキスをした。
甘い味がした。ヒカルとの初めてのキスも、甘かった。
あの頃からまだ二ヶ月ちょっとしか経っていない。それなのにどうしてこんなにも長く時が
過ぎたような気がするのだろうか。
(3)
顔を離すと、ヒカルは真っ赤な顔をしてまわりを見た。誰もいないので表情をゆるめたが、
すぐに和谷をにらんできた。
「こんなところですんなよ」
「悪い。でも、したくなったんだ」
そう言いながら和谷はヒカルの手を自分の股間に触れさせた。そこは浅ましく勃起していた。
みじろぎするヒカルを和谷は有無を言わさずに引っ張った。行き先はトイレだった。
「おい! こんなところですんのかよ! 絶対にやだっ」
ヒカルは抵抗するが和谷は個室に連れ込み、便座にふたをしてそこにヒカルを乗せた。
「ふぅっん……」
貪るような口づけをしながら、服のすそから手を入れる。乳首はすでに膨らんでいた。
それに指の腹をあて、円を描くように動かした。するとヒカルの喉から喘ぎが漏れだす。
無意識だろう、腰をくねらせている。
ベルトに手をかけると、ヒカルは外しやすいように身体を浮かしてくれた。
靴を脱がせ、ジーンズをおろして床に放った。
ペニスは頭をもたげ、下着は先走りの液で濡れていた。
ヒカルは自ら下着を脱ぐと、和谷の手を自身に触れさせた。
艶やかなヒカルの瞳を見ながら、手に握ったそれをしごきはじめる。
先端から次々に蜜があふれ出す。それが手の動きをスムーズにさせた。だが和谷はそれでは
もの足りなくて、身をかがめてペニスに唇を寄せた。
付け根から先端まで、ゆっくりと丁寧に舐め上げる。ぴちゃっといやらしい音がした。
「んっ……いぃ……」
舌の動きに敏感に反応し、ヒカルはねだるように和谷の髪をつかむと引き寄せた。
和谷はペニスを口にくわえ、上唇と下唇をすぼめ、頭を揺すってしごく。
「ふぁっ……やぁ……っ」
跳ね上がる腰に腕をまわし、舌で刺激して追い上げる。
「あっ……あぁ―――!」
悲鳴にも似た声をあげてヒカルが達した。生暖かい精液が流れ込んでくる。
和谷は目を細めて、あますことなくそれを飲み込んだ。
(4)
ヒカルのを舐めているうちに和谷も興奮し、ペニスは怒張していた。
ジッパーをおろし、それを取り出す。すぐに挿入したかったが、まだ我慢だ。
まずはゴムをかぶせる。それからヒカルのなかをほぐさなければならない。
足を開かせようとして、こんな狭いところでは少し無理があると和谷は悟った。
「進藤、四つん這いになれよ」
ヒカルはぼんやりと和谷を見下ろす。何をするかヒカルはわかっているはずだ。
だが逆らうことなく和谷の指示に従い、便座の上に手と膝をついた。
ヒカルの重みで便座がみしみしと音をたてる。
和谷はポケットから小瓶を取り出した。オイルが入っている。それを手に取ろうとして思い
直し、直接ヒカルの穴に突っ込んだ。
「ひゃうっ!」
「大声を出すと人が来るぜ。それより、もっとケツをあげろよ」
ヒカルは肩を落とし、曲げていた膝を伸ばした。すると瓶の中の液が口へとかたむく。
瓶を持つと、和谷はそのままぐりぐりと動かした。
「……っ、ふぅ……」
鼻を鳴らし、ヒカルは目をぎゅっと閉じた。目尻から涙がこぼれおちている。
瓶のオイルが少なくなるにつれて、水音がしだした。和谷はさらに力を入れる。
最後まで入ってしまうのではないかと思えるほど、難なく瓶はヒカルのなかに沈んでいく。
ヒカルは小さくふるえているが、決して拒否の言葉を口にしなかった。
瓶を出して指を差し入れると、そこはオイルでぬめっていた。
和谷はなじませるように指で掻きまわした。
「あっ、はっぁ……ん!」
感じるところをかすめたのか、ヒカルが嬌声をあげた。触れてもいないのに、前が再び勃ち
上がっている。
「さっきイッたばかりなのに、もう勃ってんだ?」
言いながら和谷はペニスの先端でヒカルの後孔をつつく。
ヒカルが恨めしそうに和谷を見る。和谷は意地悪い笑みを浮かべた。だが突いているうちに
本気で射精しそうになった。
慌てて和谷はペニスの先端を突き入れた。その瞬間、和谷は達してしまった。
(5)
入れてすぐにイッてしまうとは、まるで初体験の中学生のようだと和谷はがっくりした。
「わや……早く、オレおかしくなりそ……」
ヒカルが腰を揺すってきた。その振動が和谷のペニスに伝わり、再び硬くなりだした。
和谷はヒカルの尻をつかむと、小刻みに腰を動かした。
「あぁっ……もっと、強く、んっ……」
締めつけられ、脳天まで突き抜けるような快感が襲う。ヒカルのはちきれんばかりのペニス
に指をからませ、和谷はそれをさすりながら腰を打ちつけた。
肌の合わさる音が高く響く。もし誰かが入ってきても自分は気付かないだろう。
さすがにそれはまずいと頭の片隅で思い、和谷はその行為を止めた。
奥まで自身を沈め、ヒカルの背中に覆いかぶさる。布地の感触に後悔を覚えた。
上の服も脱がせておけば良かった。そうすればヒカルの生肌を感じることができたのに。
和谷を誘うようにヒカルの腸壁がペニスにまとわりついてくる。
ことさらに緩慢とした動きで和谷はペニスを引き抜いた。壮絶な排泄感のためか、ヒカルが
さらに締めつけてきた。ほとんど先まで出掛かって、また中に入れていく。
これを何度も何度も繰り返すと。ヒカルがむせび泣きはじめた。
その顔がもっとじっくりと見たくてしかたなかった。和谷は個室の鍵を開けると、ヒカルを
抱きしめたまま外の床へと倒れこんだ。
(誰が来てもかまうもんか!)
開けた場所に、和谷の気も大きくなる。一度ペニスを引き抜き、ヒカルを仰向けにさせた。
両足を抱えると、間髪いれずに突き入れた。
「あぁっ――――!」
飛沫が顔に勢いよくかかった。和谷はヒカルの頬に顔を寄せ、そこにすりつけた。
白い液体がヒカルの顔面に広がっていく。和谷はそれをまた舐め取る。
ヒカルの顔が和谷の唾液でべとべとに濡れた。
休めることなくペニスを注挿しながら、和谷はヒカルの唇をふさいだ。
先ほどと違って苦かった。舌を奥まで侵入させると、ヒカルが苦しそうにむせた。
だがやめなかった。和谷は自分がどこか加虐的な気分になっている気がした。
わけもなく不安になってしまう。こうしてヒカルを抱いていてもそれは消えない。
何に対して自分は不安を抱いているのだろう。わからないから、さらに不安になった。
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