ウィロー 1 - 5
(1)
「ただいま」
オレが、部屋のドアを開けると、ヒカルタンが飛びついてきた。
「おかえり〜」
久しぶりに会うヒカルタンは、相変わらず小さくて可愛くていい匂いがした。
「遅いよ。オレ、ずっと待ってたんだぜ。」
ヒカルタンはちょっぴり頬をふくらませて、拗ねて見せた。
「ゴメンよ。」
オレも早く帰りたかったのだが、新幹線が遅れてしまったのだ。
いくらオレでも、名古屋から走って帰るわけにはいかない。
イライラする気持ちを抑えて、動かない新幹線の中で目を閉じた。
瞼の裏に、ヒカルタンの笑顔。
早く会いたいよ。ヒカルタン。
そして、漸く辿り着いた二人の愛の巣。
「ホラ、お土産あるよ。機嫌直して・・・」
オレは、鞄の中から取りだしたものをヒカルタンに手渡した。
(2)
「何?」
ヒカルタンが嬉しそうに、包装紙をビリビリと破いた。
オレは、どちらかといえば、神経質に綺麗に剥がすタイプだ。だが、ソレは小心さの表れだと
自覚している。
だから、ヒカルタンのこういう豪快なところは、気に入っている・・・と、言うかあこがれなのだ。
「ういろうだぁ!」
ヒカルタンがオレに笑いかけた。
白黒抹茶小豆コーヒー柚桜・・・どこかで聞いたような歌を口ずさむ。
「う〜・・・どれから食べようかな・・・迷うよ・・・」
腕を組んで眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
可愛くて罪のない悩み。
そんなヒカルタンを前に、オレはとんでもないことを思いついてしまった。
(3)
「きーめた!柚にしよっと」
くやしかったら言ってみな♪・・・・・・包丁片手に、ヒカルタンのリサイタルはつづく。
「あれ?くっついちゃって切れないよ」
悪戦苦闘をするヒカルタンを見かねて、オレが切ることにした。
「糸を使うといいんだよ」
糸を使って、切り始めたオレの手元をヒカルタンが感心したように見つめている。
そんなに見ないでくれ照れるじゃないか・・・
緊張で手が震えそうになる。が、かっこわるいところをヒカルタンに見せるわけにはいかない。
ヒカルタンの気を何とか逸らさなければ・・・
オレはういろうを切り分けながら、ヒカルタンに訊ねた。
「ヒカルタン、どうして柚にしたの?」
大きな目をキョトンと見開いて、それからすぐに輝かんばかりの笑顔を向ける。
おお!眩しくて目が眩む。
サ、サングラス・・・サングラスはどこだ?ゴーグルでもイイ。
「だって、お星様みたいな色で可愛いし、おいしそうじゃん」
ぐはぁ!可愛すぎる。オレは胸を射抜かれた。
キューピットの矢のような生やさしいものではない。
槍だ!『ヒカルラブ!』と、刻まれた極太の槍だ!
「ヒ、ヒ、ヒ、ひかるたぁん!!!」
辛抱堪らなくなったオレは、ヒカルタンに飛びかかった。
(4)
「あっ!何するんだよっ」
オレに押し倒され、抗議するヒカルたんの可愛い声が、オレの耳をくすぐる。
「な、何って、ういろう食べる前にヒカルたんが食べたくな…」
はぁはぁ息も荒く、ヒカルたんの唇に自分の唇を押し付けようとすると、
むちゅっ、と、ヒカルたんが手のひらでオレの口を塞いだ。
「ダメだよう。ういろう食べるのが先。オレを食べるのはその後、ゆっくりしろよ」
…ゆっくり。ゆっくり、てことは、ゆっくりヒカルたんを賞味していいってことだな……。
………!。やった、やったぞ。ヒカルたんのお許しが出たんだ!
許しが出たのに、無理矢理ことを進めて嫌われるのは、アフォのすることだな。
よーし、ここは紳士的に、ヒカルたんの口元に付いたういろうのかけらを、
「お弁当、ついてるよヒカルたん」とか言いながら、オレの甘い舌先で舐めとってやり、
そのまま、キスをして…。はぁはぁ。
「うわー、これオモシレー!」
はぁはぁ妄想しているオレの横で、指に糸を巻き、ういろうを楽しそうにヒカルたんは切り始めた。
オレは切れてしまった自分の指の糸を捨てて、ヒカルたんの手元を覗き込む。
「はい、これお前の分な」
きれいに切れたういろうを、皿に分けてオレに寄越すヒカルたん。
見ればヒカルたんは、自分のういろうをサイコロより少し大きめに切ってしまっている。
オレは楊枝を取り出し、そのういろうをヒカルたんの口元へ運んだ。
「…あーん」
ヒカルたんは小さい口を開けて、幼い子供がするように目を閉じた。
オレの目には、ヒカルたんの赤い舌の動きが、オレを誘っているように見えた。
(5)
オレは、ういろうをその愛らしい舌の上にちょこんと乗せた。
それを器用に奥へと運んでいく舌から目が離せなかった。
「ん・・・あま・・・」
ヒカルタンの唇の動きから、もちもちとした触感が伝わってくる。
「も、一個ちょうだい」
あーんと、口を開けた。
ヒカルタンは、無防備に口を開けたまま、ういろうを待っている。
「・・・早くくれよぉ」
目を閉じたまま催促する。
ういろうのことだとはわかっているが、別のものを思い浮かべてしまったのは
オレの心が汚れているせいだ。
はあはあはあはあはあはあはあはあ・・・・・・・・・・
ヒカルタン殺生だよ。
―――――――ぷちっ
どこかで何かが切れたような音がした。
とうとう、オレは、ういろうの代わりに自分の唇を押しつけてしまった。
「ん・・・」
抗うヒカルタンの顔を両手でしっかりと押さえ込み、無理矢理舌を口の中に押し込んだ。
あま――――――――――――――――!
ヒカルタンとのキスは例えようもなく甘かった。
絶対、ういろうの味なんかじゃない!
オレは、そのままヒカルタンを押し倒した。
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