社妄想(仮) 1 - 5
(1)
「……っ、何するんだ!!」
「何って……今更カマトトぶらんでもいいやろ」
ヒカルは眼前にいる男にのこのことついて来た事を後悔し始めていた。
北斗杯予選一回戦を終えた時、久し振りに後ろを向く癖が出て、その男と目があった。
ヒカルがきょとんとしていると、その男はにこやかに話し掛けて来た。
「進藤初段? オレ、社清春。次に当たるのオレなんやけど……」
「あ、ああ。そうなんだ。オレは進藤ヒカル。よろしくな」
ヒカルはいつもなら対局前に全く知らない相手と話す事等あまりなかったのだが、
社が人懐っこい笑みで話し掛けて来たので、微妙に心が弛んだのだった。
それが、こんな事になるなんて。
(2)
「やめっ……!」
社はヒカルの顎を捕らえると無理矢理口を開かせた。
強引に唇を重ねあわされ、口腔を舌で荒々しく蹂躙される。
もがいて逃れようとするも、後ろ手に拘束されているヒカルには成す術がない。
余りの息苦しさに、視界が霞む。
「…っと、その前にこれやな」
何かを思い出した社が、ヒカルの後頭部の髪を引っ張って口を離すと、ヒカルは激しく咳き込んだ。
必死で息を整えているヒカルの視界の隅で、社が何かを口に含むのが見えた。
(3)
何を……?
そう思ったのも束の間、顔を上向かされるとまた噛み付くように社が口付けて来た。
熱い舌が歯列を割ってヒカルの中に侵入し、喉の奥に『それ』を押し込む。
「ん、んん………ぅっ」
水も無しにねじ込まれたそれが喉につかえて、更にヒカルの呼吸を困難なものにする。
社はそれに気付いたのか、微かに目を細めるとヒカルの喉に自らの唾液を流し込んだ。
「んっ……」
こくり、と小さな音が鳴る。
ヒカルの目には薄く涙が浮かんでいた。
(4)
社が満足げに笑い、ヒカルの唇を解放する。
その端から零れた透明の液体が顎へと流線を描いた。
上目遣いに睨み付けるその目が、更に社を煽っている事にヒカルは気付かない。
上気した頬も、微かに震える薄い肩も、眦に浮かんだ涙も。
全てが全て、今のヒカルを扇情的に彩るものでしかなかった。
「何、する気だ。午後から対局が控えてるって云うのに、随分余裕なんだな」
ヒカルが社を睨み付けたまま問いかけると、社は薄く笑った。
「余裕なのはあんたの方じゃないのか? オレに何されるのかなんて、分かってるくせに」
「なに、を……」
言いかけて、ヒカルが口を噤み、そのままその場所に頽れた。
身体が他人の目から見てもはっきりと解る程に震え、唇からはか細い呼吸が絶え間なく洩れる。
目許はうっすらと色付き、今にも零れ落ちそうな涙が目尻に光っていた。
(5)
「まだ試した事なかったやつなんやけど……思ってたよりは効きがいいみたいやな」
頭の上で聞こえる筈の社の声が酷く遠かった。
全身が悲鳴を上げるように疼く。
ヒカルは『その感覚』を知っていた。
だが、今までに与えられたそれは、ヒカルの身体の自由を奪うような、そんな危険なものではなかった。
初めは気持ち悪いといって泣いて拒んだその感覚を、『彼』は根気強くゆっくりとヒカルに馴染ませてくれた。
ヒカルには、つい最近まで『快感』というものが良く解らなかったのだ。
けれど、今与えられているそれは、そんな優しいものではない。
ヒカルがぎゅっと目を瞑ると、涙が地面に染みを作った。
不意にヒカルの頬を社の指がなぞった。
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