枸杞の実 第一章 1 - 5


(1)
悔しいよ
対局者がなぜボクじゃなかったんだろう



並木道。等間隔に植えられた細い木々が、窓の外をいくつも通り過ぎていく。ガードレールはどんどん過ぎていくのに、奥の景色はゆっくりで、まるでスピード感と言うものが無かった。
ボクの気持ちが淀んでいるせいなのだろうか。
どんよりとした雲。今にも降り出しそうだ。ドアにもたれ、頬杖を付き、ぼんやりと外界を眺める。
このままどこか遠くへ行ってしまいたい…
醜い思いを抱かずに済む、進藤ヒカルの居ない場所へ
もし本当にそんな事ができるなら―――ボクはどうするのだろうか
刹那、僕はきつく目を瞑っていた。
できない。進藤ともう会えない、もう打てない…きっと自分は耐えられないだろう。
僕はようやく自分のきもちに気がついたのだ。それは意識し始めると急速に僕の思考を占拠していった。今だって彼を恋焦がれる気持ちでいっぱいなのに、全てを手に入れたい欲望に、身を委ねてしまいそうになるのに………
そんなこと、きっと自分にはできやしない。
胸がギュッと締めつけられる。僕はそんなに強い人間じゃないお父さんが倒れた時だって、進藤と平静に打つ自信が無かった。いや、それどころか、お父さんを失ってしまうのではないかと言う恐怖で身が竦み、ただただ傍に居て、名を呼びつづけることしかできなかったのだ。
それほどまでに僕にとって父が大きな存在だったと言う事を改めて知った。
そしてまた、自分の感情の柱がいとも容易く手折られた事に驚いた。何も、親が倒れて心を乱した自分を攻める気ではないのだが、何一つできなかった自分に失望したことは確かだ。

進藤ヒカル
彼の横顔を思い出す度に、寂寥感が僕の胸を埋め尽くす


(2)
「アキラ君ったら。そんなに暗い顔してどうしたの?ため息なんてついちゃって」
運転席の市川がアキラの顔を覗き込むようにして問いかけた。信号は赤。
フロントガラスの向こうには、横断歩道を世話居なく往来する人々が見える。
「いえ、父が倒れた時を思い出しまして。もうずいぶん経っているのに…」
やや上目遣いで、苦笑混じりに市川の問に答えた。アキラのその表情を見て、市川は相好を崩す。
今日は、大手合の後にアキラが碁会所へ寄ると言うので、市川が手合いが終わる頃合を見て、わざわざ棋院まで車で迎えに来ていたのだった。もちろん、棋院に着いた市川が声をかけたその時からアキラの顔は暗く、その理由は、大手合の内容等ではなく(低段者相手に負けるはずもなく)ヒカルが関係してのことだった。
本当ならば、後部座席にはアキラとヒカルが並んでいる筈だったのだ。

苦も無く自分の対局を終局させたアキラは、盤上の碁石を片付けつつ視線をヒカルへと滑らせた。しかし先ほどまで注意して見ていたにも関わらず、すでにそこに求める姿は無く、ただ対局者が酷く考え込んだような顔をして正座しているだけだった。
アキラがさ迷うようにして対局場から出て歩いていると、自動販売機の前で楽しげに談笑するヒカルを見つけた。同時にアキラの怜悧に整った美貌が歪むアキラは言いようの無い感情が腹のそこから、ふつふつと湧いてくるのを感じていた。
「進藤ッ!」
つい感情のままに彼の名を呼んでいた。
「おぉ!な、何だよ塔矢!びっくりさせんなよ」と構える姿勢をとっておどけてみせる進藤。しかしすでに、さっきまで隣で笑っていた和谷は冷ややかな視線をこちらに向けている。
「この後碁会所で今日の手合いの検討をしないか?」
和谷の視線には気付かない振りをして、ヒカルにそう持ちかけた。
するとヒカルがピンク色の頬を人差指でポリポリとかきつつ「あー、ごめん。今日和谷ん家に泊まるんだ。また今度なっ」と上目遣いで少しだけ申し訳なさそうな顔をして「じゃあな」と手を上げて和谷と帰ってしまったのだ。
後には、静かな廊下に悄然と立ちすくむアキラの姿だけが残った窓からは穏やかな光が射していた。


(3)
市川はハンドルを握りつつチラリとアキラを盗み見た。またしてもぼんやりと焦点の合わないような目をしている。
アキラ君たら好きな娘でもできたのかしら?などと思考を巡らせ、そんな自分に些か気が滅入った。
自分の心臓がいやな風にドキドキしてまったから。十も年の離れたこの少年に恋心を抱いている自分を直視したくなかったから。
「さっ着いたわよ、アキラ君。」
フロントガラスに向って喋った。彼の名は呼べても、顔を見ることはできなかった。
市川は無意識にギュッと締めつける胸に手を当てていた。
今は、気付かない振りをして、ずっと傍に居られればいい。


(4)
アキラは真っ暗な闇の中に居た。とても静かな、漆黒の闇に。
突然アキラの目前から光が洩れヒカルがドアから顔をだした。
「進藤!?」
だが次ぎの瞬間には、アキラは二の句を継ぐことができなかった。
ドアをゆっくりと開けて、頬が紅潮しているヒカルが入ってくる。荒い息をつき、浴衣の前は、はだけさせている。トロンとした目をアキラに向けて、いつのまにか現れた蒲団にやんわりとアキラを押し倒した。
「なっ」
「………とうや……」
切ない声音でアキラの名を呼び、アキラの浴衣を剥いでしっとりと湿った肌をその胸に押しつけた。
「はぁあン」
ヒカルは、自ら、すでに硬く尖った胸の突起をアキラのやや厚い胸に擦りつける。そして目を見張るアキラに、唇を重ねた。舌がアキラの唇を割って入り、舌を絡める。
「あふっ」
アキラに掻き抱かれ、ヒカルが鼻から抜けるような吐息を漏らした。アキラは怒涛のような感情に押し流され、ヒカルの頭を押さえ付け、口腔の奥まで舌を差し入れ愛撫した。
「ンンッ!ンッ!」
ヒカルの体が打ち震えた。
アキラがゆっくり舌を抜き出すと、濃い唾液が二人の舌先を繋ぐ。
「ハァッ…とうやぁ…」
熱っぽく呟くヒカルが、アキラの手を取り、勃ちあがった自身の奥の双丘に導く。アキラがその入り口軽く触れただけで、そこはヒクヒクと反応した。
―――まるで僕の指を待っているみたいだ―――


(5)
アキラは左手でヒカルの体を支え、ツプと中指を入れ、内壁を掻くようにすると「あッ!」っとヒカルが嬌声をあげた。指を二本に増やし、中を掻きまわす。十分にほぐれていたソコは二本の指では足りないとでも言うようにヌクヌクと蠢いている。
「アッ…とうや…は・はやくお前のを…」
荒い息を吐き,ヒカルが瞳を潤ませて嘆願する。アキラはヒカルの足を両方に乗せ、そそり立つ己をあてがう。
「あっあつい…ハァンッ!」
「進藤…好きだ、好きだ、好きだ好きだ好きだ!」
アキラはうわ言のように呟きながら、激しく腰を打ち付ける
「あっあっあっあっあっ・奥まで・はぁあんッ」
ヒカルがアキラの背に爪を立てた。その蕾は今やアキラの欲望を深々と飲み込み、時折アキラをキュッと締めつける。
「くっ・し・んど…君の事が・す・きだ」
荒い息の合い間に自分の思いの丈をぶつける。アキラの緑がかった髪が激しく揺れ頂点に昇りつめようとしていた。
「アァァァ!ハァッ・とうや・俺・も・お前のこ・と…」


急に視界が開けた。
薄暗い天井が見える。そこはいつもとかわらない僕の部屋で,障子のそとはうっすらと明るい。
「あ…」
しっとりと湿った股間に手を伸ばす。それでも猶、僕自身は頭を擡げていて先程までのあれは夢だったのが、悲しいような嬉しいような、変な気分だった。
あんな夢をみるなんて…進藤とああなりたいという気持ちが見させたものなのか。

鳥の囀りが聞こえる。

僕は下着を洗いながらさっきみた夢のなかの進藤を何度も思い浮かべていた。



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