夢の魚 10
(10)
「マグロの回遊だよ」
進藤が呟いた。
馴染みの食材の鮮紅色が浮かんだが、目の前の銀の魚とどうしても結びつかない。
進藤に手首を引かれて、僕は水槽に近づいた。
水を切り裂くようにして、銀の魚が目の前を通りすぎていく。
「凄い」
僕は囁いていた。
「凄い迫力だろ?」
進藤が僕の感想を言い当てる。
ああ、彼も初めて目にしたとき、そう思ったんだ。
そう考えると、僕は嬉しかった。
言葉にしなくても、伝わる想いはある。
そう信じられる。
「これって世界で初めてなんだって。
マグロってさ、泳ぎつづけてないと死んじゃうんだ」
「死ぬ?」
「そう、泳ぎを止めると呼吸ができなくなるんだったかな、こっち上がって」
進藤は僕の手首を離すと、中央にしつらえた階段状の部分を上がっていく。
そこには腰を下ろせるようにベンチが並んでいた。そのベンチの前にはモニターが設置してある。
進藤はモニターの前に座ると、
「知りたいことがあったら、このタッチパネルから項目探して。俺の下手な説明より、そっちのがずっといいよ」と、肩を竦めて笑った。
「いいよ、正しい説明より、君の話のほうが気になる」
僕がそう答えると、進藤の笑顔がとても静かなものに取って代わった。
僕は、……進藤のその表情に、見蕩れていた。
いつも目にしていたと思う、あの夏の陽射しのような笑顔じゃない。
もっと静かで、もっと穏やかな、大人びた、そんな表情。
今まで、こんな進藤を目にしたことがあったろうか。
「俺も……」
そこで進藤は溜息をついた。
「……あの傘の中で、魚を見たよ」
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