指話 10
(10)
―…それは、どういう意味ですか?
互いに視線を庭先に向けたまま会話する。
―生命力を感じる、というのかな。完成と未完成の両方の面白さと不安定さが
同居しているような…。まるで少年のように今後の夢を語っていらしたよ。
―進藤は、そんなに魅力的な打ち手ですか…?
―さあね。自分で打ってみなければわからん。それも碁会所や試し程度ではなく、
公式の場でお互い真剣勝負の場でやってみないとな…。
―彼とは打たないでください。
思わず口走って自分の言葉に驚く。向こうも少し驚いたように
こちらを見た。そしていつものようにフッと無機質な笑みを浮かべる。
―努力してみるよ。
その人が玄関を出て、耳なれたその人の愛車のエンジン音が響いて遠ざかるまで
ボクはその場所を動けなかった。思わず出た本音だった。例えようのない愚かな。
次の日、あの人がイベントで岐阜県の奥地に出向き、それに進藤も同行したという話を
碁会所で知った。市河が芦原から聞いていたのだ。
あの人はsaiと進藤は別人だと思っている。ただ、saiは進藤の師匠か何かで
伸び盛りの進藤がいつかはsaiに近い打ち手になる、そう考えている。
廊下でのあの会話は、進藤と手合いをしてみるよ、とボクに一言
断わりを入れたつもりだったのだろう。同意を求めたわけでもなく。
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