平安幻想秘聞録・第二章 10
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「昨夜、さる高貴なお方が、見目麗しい幻の君に心を奪われたと、内裏
でたいそう評判になっているそうですよ」
そう話を佐為に切り出したのは、朝餉が終わる頃を見計らったように
やって来た明だった。
「ほう、幻ですか?」
「何だよ、幽霊でも出たのか?」
扇子を片手に優雅に返した佐為の横で、多少、いやかなり疲れ気味の
ヒカルが口を挟む。昨夜は、衛士が戻って来るまでの小一時間、ずっと
濡れ縁の下に隠れていた上、結局、藤原行洋には会えず終いだったのだ。
骨折り損のくたびれもうけ、ということわざが思わず浮かんでしまった
くらいの疲労感だった。あんなに肝を冷やしたのも久しぶりなのに。
「人事じゃないんだよ、進藤」
「えっ、何でだよ?」
不思議そうに明を見るヒカルを押しとどめて、佐為が代わりに訊いた。
「明殿、そのさる高貴な方というのは、どなたですか?」
僕が隠しておいても、いずれお耳に入るでしょうからと前置きをして、
明はすっと背筋を伸ばし、その名を告げた。
「春の君です」
「春の・・・そうですか、それで、都一の陰陽師である明殿にお呼びが
かかったのですね」
「えぇ」
「誰だよ、春の君って?オレにも分かるように説明してよ」
一人、除け者にされたようで、ヒカルは気分が悪い。
「それより、光。昨夜、内裏で会ったお方のことを、もう少し詳しく訊
いてもいいですか?」
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