うたかた 10
(10)
加賀がすり下ろしたりんごを持って部屋に戻ると、ヒカルは上体を起こして窓の外を見ていた。
濡れた服はとうに脱がせていたため、布団から白い肩と胸があらわになっていて一瞬ぎくりとする。
「…ちゃんと寝とけ。まだ熱下がってねえんだからな。」
りんごの皿をテーブルに置きながら、あくまで平静を装って声をかけたが、ヒカルは何の反応も示さなかった。
(何を見てるんだ…?)
視線の先を追っても、夜の闇と雨で何も見えない。
「…かが」
「なんだ?」
「加賀は、大切な人を失ったら…どうやって立ち直る?」
不意にヒカルが熱にうなされて言ったことばがよみがえる。
「……それ、サイってやつのことか?」
何気なく言おうとしたのに、予想外に自分の声が嫉妬を含んでいて驚いた。
佐為の名前にヒカルの大きな瞳が更に大きく見開かれる。
「…なんで…」
「いや…、お前がさっき寝言で言ってたから…」
言い終わらないうちに、ヒカルが泣き出しそうな表情になった。
「おい、泣くなよ…。」
加賀がベッドに腰掛けると、ヒカルは顔をそらして唇をかみしめた。
「泣いて…ないっ…」
瞳にいっぱい涙を溜めて、布団を固く握りしめるヒカルの拳を優しく解いてやると、ヒカルは堪えきれず加賀の肩口に額を押しつけて涙をこぼした。
(サイってやつ、死んだのか…?)
事情はさっぱりわからなかったが、ヒカルがサイをとても好きだったということと、サイが今ヒカルの傍にいないらしいということはわかった。
(…こいつをこんなに悲しませやがって…。)
加賀は、顔も知らないその相手に苛立ちを覚えた。
ヒカルの肩がふるえている。声を殺して泣く姿は痛々しかった。
────腕が、ヒカルを抱きしめたがっているのがわかった。
(…だめだ。)
今ヒカルの素肌に触れてしまったら、きっともう自分を押さえられない。
肩がヒカルの涙で熱く濡れてゆく。
テーブルの上のりんごは、すっかり色が変わってしまっていた。
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