Pastorale 10 - 12
(10)
「いつまでも覗き込んでるなよ、ひとが悪いな。」
と、ヒカルを抱き寄せたままアキラが言う。
「なんだ、目ぇ覚めてたの?」
「うん、キミが近づいてくる気配を感じたから。」
それなのに、とアキラはヒカルの耳元で囁く。
「待ってたのに、いつまでもキスしてくれないから起きれないじゃないか。」
ヒカルは、え、と一瞬戸惑い、それから次には頬に血が上ってきたのを感じた。
「だってやっぱりこういうシチュエイションでは王子様のキスで目が覚めるもんだろう?」
赤面してるヒカルを見て、アキラは可笑しそうに笑う。
「でもキミはあまり王子様って感じじゃないね。どっちかって言うとお姫さまだ。」
「なっ!なんでオレがお姫さまなんだよ!」
「だって目はおっきいし、童顔だし、どちらかと言うと可愛い顔立ちだし。
ドレスでも着たら絶対似合うよ。うん、今度やってみよう。」
「勝手に決めんな、バカ!オレは女装なんてしないぞ!」
「どうして?絶対似合うと思うのに。」
「ふざけんな!そんな恥ずかしい事してたまるか!どうしてもって言うんならオマエが先に女装して
みろ!オレなんかよりオマエの方が似合うに決まってる!!」
「そうかなあ…ボクなんてどうでもいいと思うけど…」
そう言って何だかイヤラシイ目でオレを見ていた塔矢の目がキラッと光って、コイツと来たらこんな
事を言いやがった。
「二人して女装ゴッコでもするかい?それも随分倒錯してるような……」
くっ……ナニを楽しそうに笑ってんだよ、この変態ヤロウ!
これだから!目ぇ開けてる塔矢なんて!さっきはあんなに可愛かったくせに!!
「進藤?」
でもそうやって間近に覗き込むように見られると、オレはもう逆らえなくなる。だから、とりあえず、
塔矢とのキスは気持ちいいから、文句を言うのは後にしておこう。
そうしてオレは頭上で聞こえる鳥のさえずりと、水の上のゆらゆら揺れる感覚と、塔矢の甘いキス
に酔って……いたはず、だった……のに。
(11)
突然ヘンな音が響いて、ぴたっと二人の動きが止まる。アキラがヒカルの顔をまじまじと見つめ、
ヒカルは居心地悪く目を逸らそうとする。その様子に、ぷっとアキラが吹き出し、それから声をたて
て笑い出した。
「うるせえ!笑うな、チクショウ!」
「だって、ハハハ、色気のない奴だな、ハハ、」
「ああ、クソッ、もう笑うなってば!しょーがねーだろ!もう昼なんだから!!」
「全く、キミと来たら、」
笑いながらアキラは身体を起こす。
「クク、キミは、そうか、ボクよりもお昼ご飯の方がいいんだ?」
「んな事言ってねーだろ!なんだよ、オマエはじゃあ腹減ってねーのかよ!!」
「いや、ボクも言われてみればお腹空いてきたかもしれない。」
ムッとした顔でアキラを睨み上げているヒカルに、アキラは微笑みかける。
「そう言えば、お昼はどうするんだい?」
「持ってきてる。」
と、まだ頬を膨らせたまま、リュックを指し示す。
道理で、いつもよりも中身が詰まってて重そうに見えたわけだ。
「じゃあ、とりあえず、戻ろうか。」
と、アキラは、先ほどまでヒカルが座っていた場所に座り、オールを手に取る。
「え、おい、待てよ、塔矢。」
「大丈夫だよ、ボクだってボートくらい漕げる。」
でも、と、不服そうな顔をするヒカルにアキラはにやっと笑いかけた。
「空腹で腹の虫が鳴ってるようなキミに力仕事させられないだろ?」
ぐっと言葉に詰まってしまったヒカルを笑ってやってから、アキラは軽く振り返り、そして器用
にボートの向きをかえてから、ボート乗り場に向かって漕ぎ始めた。
(12)
売店のさきは、湖の上にテラスのように張り出していて、白い椅子とテーブルがあってテーブル
には日除けのパラソルまで立っている。
行きはヒカルにお任せだったけれど、帰りは自分が漕いできたから、ちょっと疲れたし、空腹感も
強くなった気がする。
椅子に座って、さあ、お昼だ、キミの持ってきた昼御飯はなんだい?と言うようにヒカルを見上げ
ると、ヒカルが何かに気付いたように動きを止め、ちょいちょいとアキラを手招きして、耳元でこう
言った。
「あのさ、アレ、飲むだろ?」
「もちろん、キミもそのつもりで買ったんだろう?」
「そしたらさ、えと、ここってちょいやばくねぇ?」
と、周りを見回す。
ここに着いた時には誰もいなかったのに、戻ってきたら数組の観光客が来ていた。
「確かにそうかも。」
普段はあまり気にしていないが、一応は二人とも未成年だ。それに、中年女性数人のグループ
が、さっきから胡散臭げにこちらを見ている。
「もしかして、さっきの見られてたかな。」
「いや、それは無いと思うけど、」
とヒカルはさっきまで自分たちがいた方向を見る。そこは湖の中の浮島の陰になっていて、多分、
このボート乗り場からは見えなかったはずだ。
「いや、普通に考えるとオレ達って高校生に見えるじゃん?ガッコサボってこんなとこ遊びに来て、
とか思われてんじゃねぇかな。んなおばちゃんたちの前じゃ、」
確かにアルコールなんか飲めないだろう、とアキラが納得しかけた所に、
「いちゃつくわけにも行かないじゃん。折角オマエとこんな所に来てんのに。」
「進藤っ!キミは!!」
ニヤニヤ笑いながらヒカルが言うので、つい、声を荒げてしまって、慌てて口を押さえた。
先程のご婦人方のこちらを見る目が、更に険しくなったような気がした。
そんなアキラを見てヒカルがぷっと笑って、アキラの手をとって、「行こうぜ、塔矢。」と歩き出した。
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