pocket size 10 - 12


(10)
「ふぅっ」
狭いポケットから解放されたアキラたんは机の上でウーンと伸びをして、
清々としたように息をついた。
「すみません、いつの間にか寝てしまっていて・・・ゆうべはあの場所は蚊が多くて、
ほとんど眠れなかったものですから」
「いいよ。俺も試験明けで疲れが溜まってたから、アキラたんと一緒に寝ちゃったよ」
(や・・・やっぱちいせえよなあ・・・)
キャラクターズガイドに載っていたアキラたん本来の身長は164cm。
育ち盛りだからそれからまた少し伸びているかもしれないが、目の前で興味深げに
机の上を見てまわっているちさーいアキラたんの身長は、恐らく本来の1/10くらいに
縮んでしまっているのではないだろうか。
でも、ちゃんとアキラたんだ。
真っ直ぐ切り揃えられたおかっぱも大きなネコ目も。凛々しい眉もチェリーの唇も、
スラリとしたカッコイイ体つきも信じられないくらい肌理の細かい白い肌も。
それからキュッと丸く締まったお尻に、桜色のビーチクと、桜色の

(はっ!いかんいかん!)
俺は慌てて首を横に振った。
ちさーくなってしまったアキラたんにとって、今頼れる奴は俺しかいないのだ。
その俺がアキラたんを邪な目で見るようなことがあってはならない。
もし俺がそんな目で自分を見ていると知ったら、アキラたんはどんなにショックを受け、
自分の置かれている状況を不安に思うことだろう。
俺の部屋から逃げ出そうとして、外の世界で危険な目に遭うかもしれない。
そこまでいかなくとも食欲をなくしたり、ストレスから体調を崩してしまったり
するかもしれない。
俺がついていて、アキラたんをそんな目に遭わせるわけにはいかなかった。
ハァハァしたくなる気持ちは抑えて、アキラたんを守ることを第一に考えよう――
殊勝にも、強くそう思った。


(11)
「アキラたん。いつまでもその格好じゃいけないよな。アキラたんに合いそうな服が
今ないんだけど、とりあえずこれを被って我慢しててくれるかい」
「あ、はい。お気を遣わせてしまってすみません」
アキラたんは俺の差し出した薄手の白いハンカチをふわっと身にまとい、ふんふんと
匂いを嗅いで嬉しそうにきゅっと顎の辺りで閉じあわせ、微笑んだ。
「石鹸の、いい匂いがします・・・!」
「そうか、良かった」
本当に良かった。ちゃんと洗ってあるハンカチがあって・・・と内心胸を撫で下ろす。

時計を見るともう夕方の6時だった。
「もうこんな時間か。アキラたん家では何時くらいに夕飯食うの?」
「父やボクの仕事の都合にもよりますけど、だいたい7時くらいまでには。でも今日は
お昼をしっかりいただいてしまったので、夜はあまり入らないかも・・・」
ハンカチの上から小さな手でお腹をさすりつつ、小首を傾げてアキラたんが言う。
その手がちさーいのにちゃんと五本の細い指を備えていて、一本一本の指にはちゃんと
小さな関節とピンク色の小さな爪が揃っていて、それらが精巧な作り物のように器用に
滑らかに動いていることに、俺はなんとなくだけど凄く感動してしまった。
「そっか、アキラたんはもうプロなんだよな。俺より年下だけど、ちゃんと働いてるんだ。
今日の夕飯は・・・一人暮らしでロクなもんがないんだけど、冷やし中華なんかどうかな。
冷やし中華に豆板醤とマヨネーズかけて食うの今ハマッてて結構オススメなんだけどさ、
アキラたんは米のゴハンのほうがいいのかな」
「冷やし中華、大好きです!辛いのも。マヨネーズは、ボクは結構です」
「あ、じゃあ冷やし中華と、あと豆腐があるから豆腐と、食後にスイカ食お。
退屈だろうけどここに座って少し待っててくれるかな。今仕度するから」
「はい!」
アキラたんは元気良くお返事して、座布団代わりの折りたたんだハンドタオルの上に
ぽふっと座り込んだ。


(12)
冷蔵庫を覗いてため息をつく。
普段コンビニ弁当とレトルト中心の食生活なので、本当にロクなものが入っていない。
今夜はなんとか凌げそうだが、明日になったら野菜とか色々買って来たほうがいいな。
掃除もしないとな。アキラたんに埃っぽい空気を吸わせるわけにはいかない。
普段だったら面倒臭いけど、アキラたんのためだと思うとなんかヤル気が出るな。

当然のことながらアキラたんに合う食器はないので、小さいお猪口を丼代わりにする
ことにした。冷やし中華と豆腐をアキラたん用に小さく切ってそれぞれ美的センスの
能う限り綺麗に盛りつけ、箸の代わりに爪楊枝二本を添える。先が尖っていて危ない
ような気がしたので先端を少し丸く削っておく。
(よしっ!あとは麦茶を淹れて・・・と)
冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出している時、机のほうからか細い悲鳴が聞こえた
気がした。

「・・・アキラたん?どうした!?」
慌てて様子を見に行くと、白い布がちょうちょのようにひらひら跳ね回っては
ふわりふわりと翻っている。アキラたんが机の上をとてとて走り回りながら、
身に巻きつけていた白いハンカチを闘牛士のように振り回しているのだ。
「アキラたん?アキラたん、どうしたんだ危ないよ!落ち着いて!」
「やっ、嫌だ・・・っ!来ないで!あっ」
アキラたんがぺちんと転び、ハンカチがふわりと机の外に舞った。
その時俺は漸く、アキラたんのパニックの原因を悟った。
「うっ・・・!」
すぐには立ち上がれず両手両膝をついてお尻を突き出した格好のアキラたんに、
ヴ〜ン・・・と迫り来る怪しい影。――蚊だ。
ちさーくなってしまったアキラたんに翅を広げて襲い掛かる蚊がやけに大きく見えて、
その対比が妙にエロティックに感じた。



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