Shangri-La第2章 10 - 12
(10)
「緒方さん、ごめんなさい……でも、じゃあ、あの…
もう少しだけ、一緒にいてもいいですか……?」
アキラの声は今にも消えてしまいそうなほどだった。
緒方は大きく溜息をついて、リビングへ足を向けた。
「――好きにすればいい」
背中に感じるアキラの雰囲気が痛々しくて、
緒方はつい一言漏らしてしまった。
あぁ、またこれだ―――。アキラが子供の頃から、
厳しくなりきれずについ甘やかしてきた悪い癖は
今更抜けるものでもなかったようだ。
今晩、もう何度アキラを突き放す機会を逃しただろう。
今だって、突き放して終いに出来たはずなのに。
自分の詰めの甘さに、緒方は思わず舌打ちせずにはいられなかった。
(11)
緒方が新しいビールを片手にソファに座ると、
アキラはその片膝の上によじ登り、
ふわん、ふわんと頬や唇を緒方に押し付け出した。
そういえば、先生に怒られた後に寝かしつける時は
いつもこんな風にしてきたな…。
余程人肌に飢えていたのだろうか。
しっかりしているとはいえ、やはりまだほんの子供か…。
そんなアキラの頭をそっと撫でてやりながら、沈黙を破った。
「淋しいなら、進藤を呼べばいいじゃないか?良く引き込んでるんだろう?」
アキラは緒方の首筋に顔を埋めて動かなくなった。
「進藤は……今は忙しいんです」
自分の発したその言葉に、ずきん、と痛みが走った気がして
アキラは顔を歪め、緒方にその顔を見られていないことに安堵した。
「あぁ、聞いたよ。拝金主義に毒されたらしいな」
「ち、違います!今、一時的にお金が必要な事情があるだけで…」
「ふぅん…、だったら、お前が金を出せばいいじゃないか」
(12)
「…どういう意味ですか」
「進藤の時間を、お前が買えばいいだろう?そうすればお前だって、
昔の男の部屋に上がり込む必要もなくなるし、
進藤は時間を有意義に使って稼げる、全て丸く収まるじゃないか」
全く頭にない発想を展開され、アキラは一瞬考え込んでいた。
「それは…それは、ボクに、進藤と援交しろと?」
アキラの全てが強張っている。
まずもって、アキラの常識にない考えであることは間違いない。
「あぁ、最近の若い奴はそんな言葉を使うんだったかな…」
「いい加減にして下さい!ボクは進藤とはそういう関係ではありません!」
アキラは勢い良く緒方から身体を離した。
「もう寝ます!おやすみなさいっ!」
――こんなに怒気を含んだ就寝の挨拶があるだろうか?
緒方は苦笑いを浮かべて、おやすみ、と一言だけ返した。
アキラの姿がドアの向こうに消えた途端に
こみ上げる笑いを押えることが出来なくなり、
緒方は暫く喉奥で笑い続けた。
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