sai包囲網 10 - 12
(10)
「関係がない?」
「そうだよ。塔矢はいつもそうやって、オレの先回りをして勝手に決め
つけたり、追いかけ回したりしてるけどな。そんなことする権利なんて、
塔矢にはないだろ!」
自分はsaiではないと何度言っても信じてくれないアキラに本気で
腹が立って来る。確かに自分は佐為の代わりにネットで碁を打ったが、
イコールsaiではない。嘘はついていない。勝手にそう思い込んでる
アキラが悪いんだ。
「調べたかったら勝手にしろよ。オレ、帰るからな!」
「待て、進藤!」
「離せよ!」
引き止めようと腕を掴むアキラと、それを振り払って部屋から出て行
こうとするヒカル。一進一退の攻防は、それでも僅かに体格と力に優る
アキラに軍配が上がった。
細い両肩を引き寄せられ、そのまま力任せに畳の上へと押し倒される。
どすんと鈍い音。ヒカルは後頭部と背中に痛みを感じて、低く呻いた。
今まで散々「ふざけるな!」と怒鳴られることはあっても、あの塔矢
アキラが腕力に訴えて来るなんて思わなかった。
「痛ぇなぁ、もう」
まだずきずきと痛む頭に眉を寄せながら振り仰いだアキラの表情に、
ヒカルはぎょっとした。乱れた黒髪の間から覗くアキラの眼が、まるで
狩りをしている肉食動物のように鋭くこちらを見据えている。ヒカルは
自分がその爪にかかった小動物に思えて、知らず知らずのうちに身震い
をしていた。
「怖い?進藤」
「こ、怖かねぇよ!」
「じゃあ、何で震えてるの?」
「これは、た、ただの武者震いだって」
精一杯の虚勢を張って身を捩ろうとするが、うまく肩に体重を乗せら
れて、まったく身体が動かない。
「お前、いったい、どういうつもりなんだよ?」
(11)
「いくら口で言っても君が本当のことを話してはくれないみたいだから、
聞き出す手段を変えようと思っただけだよ」
「手段って・・・」
まさかぼこにされるんじゃと、ヒカルは青くなる。碁盤より重いもの
を持ったことがないように思えるほど繊細なアキラの手が、こんな凶行
に及ぶなんて考えたくもない。まだ、囲碁を始めて間もない頃、憧れた
指が一つに握られて、自分を殴りつけたりするんだろうか。
思わず目を閉じて身を竦ませたヒカルに、アキラはその耳元に口を寄
せて呟いた。
「違うよ、進藤・・・」
何か柔らかいものに口を塞がれた。驚いて開いた視界いっぱいに広が
るのは、ぼやけた肌色。それがアキラの顔だと気づくのに数秒、あっと
息を飲んだ途端、口の中に進入してきたものに舌を絡め取られる。んー
んーとしか抗議の声を出せない間に、思うままにまさぐられ、ぞくぞく
とした感覚に不覚にも目尻に涙が滲んで来る。
胸元までたくし上げられたトレーナーの下に忍び込んで来たアキラの
手が、二つ並んだ薄桃色の胸の先端に触れたとき、やっと何をされよう
としているか、ヒカルは気がついた。
ヒカルの唇を解放したアキラは、顎から首筋のなだらかなラインを辿
って愛撫を続ける。その下でじたばたと抵抗を続けているヒカルだが、
いっこうにカーディガンを纏ったアキラの肩を押し返せないでいる。
「と、塔矢!やめろって!」
「君がsaiのことを素直に話してくれれば、すぐにやめてあげるよ」
「俺は、saiなんて、知らないって、言ってるだろっ!」
「なら、無理矢理にでも聞き出すだけだよ」
再び顔を伏せたアキラは、立ち上がりかけた胸の飾りを口に含み、舌
先で刺激してきた。びりびりと感電したような感覚に、ヒカルは動きを
封じられた身体を、それでも何とか反らせて上へずれて逃げようとする。
その動きを読んでいたかのように、僅かに空いた隙間からアキラの手が
差し入れられ、ジーパンの上から下腹部の辺りを探られた。
(12)
「と、と、と、塔矢!?」
「話す気になった?」
銜えたままの唇の動きに、ヒカルはぶるぶると左右に頭を振る。口を
開くと、とんでもない声が飛び出て来そうになる。
「そう・・・」
低く呟いて、アキラはヒカルのジーパンのチャックを下ろして前を広
げ、下着をかいくぐるようにして直接敏感なところに触れて来た。
「うわぁぁーー!?」
『ヒカル!』
『佐為ー、こういうときはどうすれば、いいんだよー!?』
『そ、それは・・・』
平安の時代は日常茶飯事とは言わないまでも、男同士の睦言など当た
り前のことだった。なまじっか知識のある佐為には、アキラがこの先に
進めばどうなるか分かるだけに、ヒカルに本当のことを言うことができ
ない。アキラを制止するためには、saiのことを話さねばならない。
いつまでヒカルと共にいられるか分からなくなった身では、saiの正
体が明かされた後、どこまでヒカルを支えてやれるかも分からない。
私は、どうすれば・・・。
「やだ、塔矢・・・」
「嫌ならすぐにやめてあげるって、言ってるのに」
「はぁ、あぁ・・・」
ヒカルの目の前にあるアキラは涼しげな顔をしているのに、下肢では
その手が淫らに動いている。硬くなりかけたヒカルを手の中に包み込み、
翻弄するアキラも見た目ほど冷静なわけではなかった。目元を紅く染め、
自分の動きに熱い吐息を漏らすヒカルは、ひどく艶めかしく。saiの
正体を暴くという、当初の目的すら忘れてしまいそうになる。このまま
ヒカルが口を割らなければいいと、アキラは思い始めていた。
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