光彩 10 - 12
(10)
緒方はヒカルが好みそうな気安い雰囲気のレストランに入った。
緒方は、食事の間、対局の話や塔矢一門の話などをした。
ヒカルの予想に反して、saiのことは一言も口に出さなかった。
緒方にはヒカルがそのことを警戒しているのがわかっていた。
どうせいくら問いただしても答えは出ないのだ。無駄な努力だ。
ヒカルが拍子抜けしたように緒方を見ていた。
口の周りにソースがついている。
やれやれ。小学生でももっと上手に食べるぞ。
緒方がsaiをあきらめたと解釈したのか、ヒカルは食べることに集中した。
スパゲッティと格闘するヒカルを眺めながら
このチビをからかったらおもしろいだろうな。
などと不謹慎なことを考えた。
むろん、自分は大人なのでそのようなことはしないが。
ふと、緒方はこの食事を楽しんでいる自分に気がついた。
緒方は目を細めてヒカルを見つめた。本当に見ていて退屈しない奴だ。
そんな緒方の視線を感じてかヒカルは顔をあげた。
緒方の楽しげな顔を不思議そうに見つめる。
そして、何かを思いだしたかのように小さく「あっ」と声を上げた。
急いで食事の残りをかき込む。
水を飲んで一息つくと、俯き加減で緒方を見た。
上目遣いの大きな瞳に映る自分自身を緒方は見つめた。
ヒカルは、ためらいがちに、おずおずと緒方に尋ねてきた。
「あのさぁ 緒方先生さぁ。恋人いる?」
(11)
ちょっと唐突だったかな。ヒカルは思った。
緒方はその質問には答えず、ジャケットからたばこを取り出し火をつけた。
表情は読みとれない。
ヒカルが先を続けるのを待っているようだった。
ヒカルはアキラの名前を出さずに、自分の混乱した感情をうち明けた。
よくある悩みだ。と、ヒカルは思う。
緒方の様な大人なら簡単に解決してくれるであろうと期待した。
しかし、緒方は何も答えてくれなかった。
相変わらずの無表情でヒカルの話を聞いている。
ヒカルは沈黙が怖くて話し続けた。
ヒカルの話の内容はめちゃくちゃで、自分でも何を言いたいのかわからない。
緒方の視線がヒカルの頭をますます混乱させた。
ヒカルは視線を彷徨わせた。緒方と目を合わせられない。
居心地が悪かった。
ヒカルは緒方に相談したのを後悔し始めた。
相談する相手なら、ほかにもいたのではないだろうか。
同門の白川でもよかったし、年は近いが冴木や伊角でもよかったのではないだろうか。
声が震える。
どうしてだかはわからない。
睨まれているわけではない。恫喝されたわけでもない。
それなのに、緒方の視線がナイフの様に
ヒカルに斬りつけてくるような気がした。
緒方先生・・・怖い
ヒカルは怯えた。緒方の顔を見ることができなかった。
(12)
ヒカルの話を聞いたとき、自分の表情がすっと冷めるのを緒方は感じた。
アキラのことだとすぐにわかった。
アキラを愛しているわけではない。
アキラは愛着のある玩具のようなものだ。
その玩具が、おそらくこれから新たにお気に入りになるであろう玩具と
恋愛ごっこを始めようとしている。
それが気に入らない。
持ち主になんの断りもなく。
むろん、これが自分勝手な独占欲だと言うことはわかっている。
アキラがヒカルを恋慕しているのは知っていた。
知ってはいたが!
この怒りは、ヒカルとアキラの両方に向けられていた。
二人にとっては、迷惑きわまりない理不尽な怒りだ。
ヒカルはそんな緒方の様子を敏感に感じ取っている。
自分と目をあわそうとせず、体がかすかにふるえている。
緒方に怯えるこの可愛い子犬をどうしてやろうか。
アキラと同じようにあつかったら、彼はどうするだろうか。
残酷な考えが浮かんだ。
息を大きく吸い込んで、気持ちを落ち着けなければ。
緒方は、この自分勝手な感情を封じ込めようとした。
どう考えても大人げないではないか。
ヒカルの様な子供に対して本気で腹を立てて。
しかも、ヒカルには一片の非もないのだ。
この子はアキラとは違うのだ。
ヒカルはアキラと自分との関係を知らないのだ。
ヒカルは俯いたままじっとしている。
いつの間にかしゃべることをやめていた。
重苦しい空気を入れ換えるかのように、緒方が口を開いた。
「答えは出ているだろう?」
できるだけ優しく言ったつもりだ。
うまく笑顔を作れたかどうかはわからない。
バネ仕掛けのように顔を上げたヒカルが、ほっとした表情を見せた。
どうやらうまくいったらしい。
作り笑顔で、再度繰り返して言う。
「オレ わかんねぇよ 先生」
納得しないのかヒカルはすねるように言った。
緒方が怒っているように見えたのは、自分の勘違いだと思っているようだった。
甘えるような仕草が可愛かった。
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