夜風にのせて 〜惜別〜 10 - 12
(10)
十
「驚きました。女性って化粧や服装でこんなにも変わるものなんですね。ひかるさんが新
宿のクラブで歌っているとは聞いていましたが、普段はボクより年下に見えるくらい幼か
ったから、てっきり冗談だと思っていましたよ」
明は驚いてひかるを見つめる。ひかるはどう見ても、自分の知っている可憐な少女ではな
かった。自分との記念撮影のために、はりきって着飾ってきたのだろうか。明は喜んだ。
「そうですね。明さんに会う時は、化粧とかしなかったですからね。寒かったでしょう?
中へ入りましょうか」
そう言うと連れの男性が写真館の扉を開けた。
ひかると明は中へ入る。
その姿を男性は悲しそうに見つめた。
(11)
十一
「それでは撮ります」
その声に明とひかるは背筋を伸ばした。写真を撮られるのに慣れていないせいか、二人とも表情が硬い。
「せっかくの記念写真ですから、肩の力を抜いてもっと笑ってください」
あまりの緊張ぶりにカメラマンから言われる。ひかるはドレスの裾がきれいに見えるよう
整えたりして気を紛らわせた。
「椅子を御用意致しましょうか。その方がこのドレスの場合綺麗にうつりますよ」
カメラマンに言われ、ひかるは用意された椅子に腰掛けた。そしてドレスや髪の毛を整え
たりする。その姿を明はじっと見惚れていた。
「どうかしました?」
ひかるに言われ、明は我に返った。
「すみません。あまりにも綺麗なんでつい」
「もう、明さんたら、やめてくださいよ」
ひかるは顔を赤らめた。それは間違いなくいつものひかるだった。それに明は落ち着いた
のか、ひかるの肩にそっと手を置いた。一瞬ひかるの体が硬直する。
「いい記念写真にしましょうね」
明の言葉にひかるは頷くと、満面の笑みを浮かべた。
緊張などなくなり、いつもの二人に戻る。その姿は見ていて恥ずかしくなるほど初々しい
もので、周囲の人々も微笑ましく二人を見つめた。
「それでは撮りますよ。カメラのレンズを見てくださーい」
ひかるは今までにないくらい最高に幸せそうな笑みを浮かべた。
(12)
十二
「写真できるの、待ち遠しいですね」
撮影を終えた二人は車に乗って、あの川を目指していた。
車中ではひかるの連れの男性の存在を忘れて、少々興奮気味に明が話す。ひかるはそれを
頷きながら聞いていたが、心ここにあらずという感じだった。
「着きましたよ」
運転手に言われ、明とひかるは車から降りた。
日も暮れ、薄暗い川べりの道には人影がなかった。
ひかるはドレスが汚れてしまうのも気にせず歩き始めた。
「寒いですね。なんかこうも寒いと本当に春が訪れるのが待ち遠しい」
「本当ですね。でもボクはひかるさんのマフラーを常に身につけていられるから、ずっと寒くても辛くないですよ」
そう言って笑う明をひかるは見つめる。
薄暗くても明が今どんな表情をしているのか、ひかるにははっきりと見えた。
ひかるは俯き、明の顔を見ないようにする。
「明さん、実は今日あなたに言わなければならないことがあります」
突然ひかるが悲しげに話し始めたので、明は笑うのを止めた。何故だか不安が襲う。
ひかるはなかなか言い出せず、黙っていた。
「どうかしたのですか?」
心配になって明は声をかけた。だがその途端、ひかるは泣き出してしまった。明は突然の
ことにあたふたと慌てる。
そこへひかるの連れである男性が現れた。ひかるはその男性の胸に飛び込む。
「明さん、今までひかるさんのことを大切にしてくれてありがとう。今日、あなたとひか
るさんが楽しそうに話す姿を見て本当に心からそう思いました」
男性はそう言うとひかるの様子をうかがった。ひかるは何とか泪を止めようと必死だった。
「どういうことですか。あなたはひかるさんの何なんですか?」
明はひかるを抱く男性を嫉妬まじりに見つめた。
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