初めての体験 100 - 105
(100)
「ああ…と…や…いい…ああん…」
ヒカルが、アキラの動きに自分も合わせ始めた。
「…気持ちいい?」
「んん…イイ…はあぁん…!」
アキラの問いかけに、ヒカルは譫言のように答える。ヒカルの返事に、アキラは満足した。
そろそろアキラも限界に近い。ゆっくりだった動きが段々と激しいものになっていく。
「あっ、あっ、あっ」
ヒカルが断続的に悲鳴を上げる。それに煽られるようにアキラは、大きく突き上げた。
「―――――――――!」
声もなく、ヒカルの身体が硬直し、やがて静かに弛緩していった。
アキラもヒカルのその締め付けに、自分の欲望を解放した。熱いモノが、ヒカルの奥に
叩き付けられた。
やはり、今日はアキラにとって、最高の記念日となった。ヒカルと対局できただけではなく、
ヒカルを自分のものに出来たのだ。こんな、幸せがあっていいのだろうか?急に不安になった。
「進藤…ボクのこと好き?」
「あ…当たり前じゃん…!」
ヒカルは顔を真っ赤にして、アキラを睨んだ。今更、何を言っているんだとばかりに…。
「じゃあ、ボクの恋人になってくれる?」
コクリと頷くヒカルのあまりの可愛さに、また、やりたくなってしまった。
ヒカルが慌てて、それを止めた。
「オレ、オレ、今日はもうムリ…だって…だってさ…」
ヒカルは、もう三回もイッてしまっている。確かに、今日はもう止めておいた方がいいだろう。
「そんな顔すんなよ…これから、いくらでも出来るじゃねえか。」
ヒカルは、アキラにチュッとキスをしてくれた。自然と頬が弛んでしまった。
ヒカルにとっても今日は記念すべき日だった。遂に、念願のアキラとの初めてを経験したのだ。
「ついに、これを使う日が来た…」
自室の机の引き出しから取り出した物は、道玄坂のマスターからもらったシステム手帳。
「最初はやっぱり塔矢だよな…」
ヒカルは、緊張で震える手で、アキラの名前を書き込んだ。
<終>
(101)
一目惚れというものがこの世に存在することを初めて知った―――――――
社は目の前で、上目遣いに自分を見つめる少年に、恋をしてしまった。彼は、可憐な外見とは、
裏腹に恐ろしく碁が強かった。
自分の対局が終わったとき、次の自分の対戦相手を確認しようとして、まず、その盤面を
見て驚いた。そして、次に彼の姿を見て、何とも言えない衝撃を胸に受けた。目を離すことが
できなかった。
どうにかして、自分を彼に認めさせたかった。最初に打った手は、彼の興味を引いたらしい。
つかみはオッケーだ。社は心の中で、ガッツポーズを作った。
だが、ヒカルもただ者ではなかった。社の手に対して彼が放った一手に、社の方が
心を鷲掴みにされてしまった。
『はあ〜やっぱ、可愛いだけじゃないんや〜わかっとるな〜』
絶対、お近づきになりたい。必ず勝って、こっちを向かせてみせる。社の心の中に闘志が湧いた。
――――北斗杯の代表と進藤ヒカルどちらも手に入れたる!
(102)
運命は非情だ。社は、負けてしまった。しかし、ヒカルの住所と電話番号を訊いておきたい。
それが、無理なら、せめて、メールアドレスだけでも…。
社が、ヒカルに声をかけようとしたとき、チリチリと焼け付くような視線を感じた。
「?」
視線を感じた方に、首をむけると、一人の美少年がそこに立っていた。切りそろえられた
サラサラとした黒髪。涼しげな目元。だが、優しげな外見には不似合いな苛烈な色をその
瞳に宿し、鬼神のごとき形相で社を睨み付けている。
その少年が、かの有名な「塔矢アキラ」だと知ったのは、二人の会話からだった。甘えるように、
ヒカルが名を呼ぶと、「塔矢アキラ」は、優しく微笑んだ。返すように、ヒカルも愛くるしい
笑顔をアキラに向ける。
―――――好きになったばっかで、もう失恋か…
知らず、溜息が出た。
(103)
「なあ…?どないしたんや?代表なれるかもしれへんねんぞ?嬉しないんか?」
津坂が、社の顔を覗き込むようにして、訊ねた。
「…嬉しいで…嬉しいねんけど……」
もちろん、代表になる自信はある。越智にはきっと勝てるだろう。だが、代表になれば、
アキラとヒカルの仲の良さを、その間ずっと見ていなければいけないのかと思うと素直に喜べない。
そのくせ、ヒカルと一緒にいられる時間ができたことが、嬉しくて仕方がない自分がいる。
社の口からは溜息しか出なかった。
「…何か心配やなあ…明日ホンマに大丈夫なんか?」
沈んだ様子の社を津坂は気遣った。
「津坂さん、大丈夫や。はよ行かな、新幹線、間に合わへんで。」
社は、無理やり笑顔を作って津坂を急かせた。
ホテルの部屋につくとすぐに、ベッドに寝ころんだ。天井の灯りが眩しい。ヒカルの笑顔は、
もっと眩しかった。
「あ〜可愛かったなぁ…進藤…」
自分の内に芽生えた恋心を持て余して、ベッドの上をごろごろと転がった。
突然、電話が鳴った。
「もぉ〜何やねん…」
しぶしぶ受話器を取った社は、フロントから思わぬことを告げられて、心臓が飛び出すくらい驚いた。
「し…進藤が!?すぐ…すぐ行きます。」
(104)
エレベーターを待つ時間がもどかしい。いっそ、ここから飛び降りたい。
「そや!階段で行こ!」
一気に階段を駆け下りる。社の頭の中を、ヒカルがどうしてここに来たのかという疑問が
一瞬過ぎった。
「そんなんどうでもええ。進藤に会えるんや…!」
ヒカルに会えることの喜びでいっぱいだった。
息せき切ってロビーへ走った。いた!すぐにわかった。髪型が目立つと言うこともあるが、
何より存在感が他とは違う。息を切らせている社をヒカルが見つけた。
「社。」
笑って手を振る。そんな何気ない動作にすら、社の胸は高まった。
「し…進藤…どないしたん?いや…何でここがわかったんや?」
社の問いかけにヒカルはにこにこ笑って応えた。
「津坂さんって言うんだっけ?あの人に訊いたんだよ。」
「社ともう一度打ちたくて…」
ヒカルが、社を見つめた。『でっかい目ェやな〜落っこちそうや』ヒカルの瞳にそのまま
吸い込まれそうだった。
「対局?オレと?…そやけどオレ、今マグネット碁盤しか持ってないよ?」
それで、構わないとヒカルは言う。早速、部屋で打つことにした。
(105)
社は、自分の隣でエレベーターを待つヒカルを何度も盗み見た。信じられない。あの
進藤が自分の横にいる。自分より、頭半分小さい。肩も首も細く、触れたら壊れそうな気がした。
「社、背が高いね。」
ヒカルが話しかけてきた。慌てて、視線を前に戻す。
「そ…そんなことないよ。普通や。進藤が小さいから…」
「それって、オレがチビってこと?」
ヒカルがムッとした口調で聞き返した。まずい。機嫌を損ねたか?そんなつもりではなかった。
小さくて、可愛いと言いたかったのだ。狼狽える社を見て、ヒカルは、小鳥のように
クスクスと笑った。
「怒ってないよ。社、大人っぽくて落ち着いて見えるのになぁ。」
「オレかて、進藤と同い年や。全然落ち着いてない。」
すぐ側にヒカルがいるのに、落ち着いて何かいられない。今も心臓が早鐘のように打っている。
エレベーターに乗り込むと、密室の中で二人きりという状況にますます社は戸惑った。
何か話題を捜さなくては…。好きなもの…囲碁に決まってるわな。趣味…誕生日…
ああ〜今この場面でどれもこれも、唐突すぎる!
考えすぎて頭が真っ白になった。
「進藤って、塔矢と付き合っとるんか?」
よりにもよって、口から出た言葉がこれだとは…時間を戻したい。
ヒカルは、きょとんとした顔で社を見つめた。また、その表情の可愛らしいことと言ったら…
食べてしまいたいくらいだった。その後すぐに、ヒカルは、ニッコリと(これまた、
最高の笑顔で)笑って、「うん」と頷いた。
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