Linkage 103 - 104
(103)
俯くアキラの端正な横顔を隠す黒髪をそっと掻き上げ、緒方は冗談とも本気ともつかぬ口調で呟いた。
「……本音を言えば、アキラ君の『仕返し』とやらに、オレはどこか期待している部分もあるかもな……」
「じゃあ、ボクの好きなようにさせてくれればいいじゃないですか!」
開き直ったのか、再び緒方のスラックスに手を掛けるアキラを、緒方は笑いながら制する。
「ハハハ!ヤケを起こすなよ」
膨れっ面で睨みつけてくるアキラの頬を軽く叩くと、緒方は笑顔を一変させた。
「頼むから今日はもう帰ってくれ。オレがまたおかしなことをしでかさないうちにな……」
厳しい表情で自分を見据える緒方に、アキラは何も言い返せない。
ただ不安そうに緒方の瞳を凝視するだけだった。
緒方は小さな溜息をつくと、アキラの頬を撫でながら、穏やかに語りかける。
「キツイ言い方をして済まなかったな。別にアキラ君に対して怒ってるわけじゃない。自分に腹が立って、思わずな……。
いい歳をして大人気ないと思だろ?」
返答に窮するアキラに苦笑すると、緒方はベルトを手に立ち上がった。
「悪いがそこで待っていてくれ。すぐ戻るから」
足早に部屋を去る緒方の後ろ姿が見えなくなると、アキラはジャケットを羽織り、ソファに座り直した。
目の前のテーブルに置かれた緒方の眼鏡を何気なく手に取ると、窓の外の薄暮に包まれた空に向けてそれをかざしてみる。
レンズ越しのぼんやりとした世界をしばらく見つめていたアキラだったが、ふと、ズボンのポケットからハンカチを取り出した。
「……緒方さん、昔からずっとこの眼鏡だなぁ……」
どこか嬉しそうにそう呟きながら、やや汚れの目立つレンズを丁寧に拭くと、眼鏡を元の場所に戻した。
ハンカチをポケットにしまい、床に置かれたランドセルを膝に載せてその上に両肘を付くと、アキラは緒方が戻るまで
テーブルの上の物言わぬ眼鏡をじっと見つめ続けていた。
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「待たせて悪かった」
背後からの緒方の声に、アキラはソファに腰掛けたまま振り返った。
ちょうど目線の高さと一致する緒方の股間部分に視線が集中してしまい、アキラは微かに頬を赤らめる。
部屋を出る時には緒方の手の中にあったベルトがきちんと締めてあり、スラックスの不自然な隆起も
跡形もなく消え去っていた。
「……妙な質問は勘弁してくれよ……」
緒方は苦笑しながら、ばつが悪そうに肩をすくめた。
アキラはクスクス笑いながら頷くと、ランドセルを背負って立ち上がった。
テーブルの上の眼鏡を取ると、緒方に手渡す。
「レンズ……拭いてくれただろ?」
「あっ……わかっちゃいましたか?」
「こんなにキレイじゃなかったはずだ。すぐにわかるさ。ありがとうな、アキラ君」
そう言って眼鏡を掛けると、緒方は感謝の意を込めてアキラの肩を優しく叩く。
アキラは照れ臭そうに笑ったが、一転、表情を曇らせた。
「緒方さん……あの……」
「どうした?」
何か言い出すのを躊躇している様子のアキラを緒方は不思議そうに見つめる。
「何か言いたいことがあるんだろ?言っていいんだぞ」
「…あの……昨日の薬、貰えませんか?」
緒方は思わず耳を疑った。
「……気は確かか!?昨日、あんなことになったんだぞ?」
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